「死にたがり」
目の前の白い顔が笑った。
にぃ、とつり上がった口の端。
醜悪な顔で笑うそれは、しかし目は笑っていない。
「死んでもいーよ?死にたいんでしょ」
「構ってほしがり、死にたがり。死にたいんなら死んだらいいよ」
「死にたいんでしょ?なんでまだ生きてんの」
くすくす、くすくす。
目の前のそれは笑い声を上げて、怨念のような言葉を吐き続ける。
反論する言葉なんてない。
だってその通りだ。
あたしは弱虫、死にたがり。
そのくせ死ぬ勇気すら持ってないんだ、その事実に――絶望するよ。
「絶望したって結局生きるんでしょ?這いつくばってさ」
「どうせみじめなんだ、どっちに転んだって」
「わざわざ御苦労サマ、不幸を気取るのも大変だね?」
囁く声は、悪意に満ちている。
あぁ、そうだよ。
生きてしまうんだよ、どんなに不幸を嘆いたってさぁ。
生き続けてしまうんだよ、今日も明日も明後日も。
醜い嘘を吐き続けて、叫び続けて。
――生きて、しまうんだよ。
「ほら、はやくしなよ」
はっとして顔を上げると、いつの間にか足下には深く暗い穴がぽっかりと口を開けていた。
ひゅるひゅると吹き上げる風、恐ろしくそこが深いんだと知れる。
ここから落ちたら――考えるまでもない。
「死んでもいいよ」
にっこりと。
すがすがしいほどの笑顔で、それは笑った。
あたしと同じ顔をして。
虚ろな黒い瞳、それが歪んで、淀んで。
「死にたがり。死んでも、いいよ?」
「…っ」
その言葉に、喉が震えた。
それでも容赦なく、『あたし』の声は鼓膜を刺す。
「つべこべ言わないでさぁ。生きるか死ぬのかさっさと決めたら?」
死にたがり、死にたがり。
あたしはそうだ、死にたがり。
ねぇ、だけど。
だけど、本当は――。
「…い、やだ、」
呟いた声は、みっともないくらいに弱くて。
気づいたら顔をぐしゃぐしゃにして、泣いていた。
「いや、だ…いやだ、死にたく…死にたく、ないよ」
死にたがり、生きたがり。
ほんとうは、そうだあたしは生きたかったんだ。
足掻いてもがいて、それでも必死に生きていたかったんだ。
「ごめ…ごめん、ごめんね…でも、あたし、まだっ……」
「――知ってるよ」
不機嫌そうな、声が呟く。
振り返れば、それはあたしを見つめたまま。
小さく、わらった。
「知ってるよ、それくらい」
「え…」
「死にたい死にたいって叫び続けて、その裏で必死に生きたい生きたいって喚いてるの。それくらい…あんたのことくらい、知ってるよ」
足下の穴は消えていた。
思わずその場に崩れ落ちて、喉を突きあげたのは激しい慟哭。
何がしたいのかも、どうしたらいいのかも分からないよ。
分からないけど、それでも生きるよ。
叫んでみっともないくらい両手振り回して、そうやって生きるさ。
「せいぜい生き延びなよ。これでよかったって胸張れるくらいにさ」
『あたし』は、そう言って。
哀しそうに嬉しそうに、笑う。
ひらりと背を向けて、高らかにうたった。
「じゃあね――生きたがり」
生きたがり、生きたがり。
あたしはただの生きたがり。
弱いままで、ちっぽけなままで、惨めなままで。
それでも生きるさ、生きてやるさ。
この足だけで、立って走って。
せいぜい――生き延びて、やるよ。
泣きながら笑った顔。
絶望しながらそれでも希望を祈って、願って。
前に、進むよ。
(梨本P 「死にたがり」)
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