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※捧げもの。
椎さんとこの、楚夜と藍。
「…鳥海君?」
「上田さん」
オレンジ色の光を浴びながらも、少しずつ仄暗くなりはじめた廊下。
見知った顔が振り返る。
四角い眼鏡越しに私を見て、彼は穏やかに笑った。
「どうしたの、上田さん。もう遅いよ」
「…鳥海君こそ。それに私、上田じゃないってば」
お決まりのやりとり。
だけど今日はそれに、少しの違和感。
いつもうるさいくらいに溌剌としている彼が、なんだか今日は落ち込んでいるように感じた。
私の気のせいかもしれないけど。
そもそも私は、他人に踏み込むのが得意じゃない。
だから相手の繊細な心情に気付けるスキルに長けてるとも思えないし。
これが、と夢想する。
これが、桃花さんだったら。
あの柔らかな春のような笑顔で、頑なな心も、不安も拭いさることが出来るのだろうけれど。
生憎私には、そんな甘やかな笑顔は浮かべられない。
「…上田さん?」
俯いた私を気遣うように、鳥海君がこちらに向かって歩いてくる。
どうして君は、こんな時にまで私を気にかけるんだろうね。
分からなくて、すこし笑う。
「どうしたの」
「なんでも、ないよ」
廊下にのびる影。
世界は、ゆるゆると落ちていく。
不意に、彼が手を伸ばした。
一瞬身構えた私の頭に、その手がぽん、と当たり前のようにのる。
「え、」
くしゃくしゃと。
かき乱されて撫でられて、来たときと同じようにその手は唐突に離れていった。
意味が分からず見上げると、彼はこぼすような笑みを灯して。
「…大丈夫だよ」
そう、言った。
私が見たかった、屈託のない明るい笑顔で。
「上田さんにそんな顔されたら、迷ってなんかいられないしね」
「…私?迷う?」
「そ」
くるり、と背を向けられた。
私を見ないままひらひら手を振って、彼は廊下を歩きだす。
「鳥海君、」
「また明日ね、上田さん」
何が何だか分からない。
追いかけようかと足を踏みだしたけど、なんだか違う気がしてすぐにやめた。
ゆっくり遠くなる、背中を見つめる。
私はこの人のことを、何も知らない。
この人が何を抱えて笑うのか、何の為に歩いているのか。
分からないけれど、それでも。
「…また、明日」
待っていることくらいは、できるよ。
ここで、君を。
そうしてまた明日、おはようと言うことくらいなら。
私にも、できるよ。
「ねぇ、おれさ」
急に振り返って、鳥海君はにっこりと笑う。
「全然柄じゃないけど。でも、上田さんが居るから」
「…えーと、」
「だから――行ってきます」
そう言って。
今度こそ振り返らないで、彼の姿が遠ざかる。
「…行ってらっしゃい」
呟いて、窓の外に目を向けた。
いつの間にか暗くなっていた世界。
雲ひとつない藍色の空に、月が浮かぶ。
明日また、ここで。
なんでもない日常をひとつ、重ねよう。
(戦う人よ、君を待つ)
椎さんが月曜日に何やら頑張ってくるようなので。
せめてものエールに椎さん家のふたりを書いてみた。
藍と楚夜だけを書いたのって実は初めてだよ…!
こんな雰囲気でよいのかどうか激しく不安です。
でも淡々とした感じがとても楽しかったです。
椎さんのみお持ちかえり可です!
あ、でもいつでも返品は受け付けてます、はい。