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「でも、意外だったな」
呟いた俺に、彼女は微笑んで首を傾けた。
眼差しだけで言葉の続きを問われる。
「君は、他人に興味がないんだと思ってた」
「それはまた唐突ですね」
そう言って彼女はわらう。
行儀よく口元に指を添えて。
少しばかり顔を俯けるのは、彼女の癖だったように思う。
「違うかい?」
「そうですね…他人、が何を指すのかにもよりますが。そこまで淡白じゃありませんし、そこまで達観もしていませんよ」
否定も肯定もしない、曖昧な返事。
なかなか良い逃げ方だな、と思わず苦笑する。
誤魔化す、というと言葉が悪いけれど、さりげなく相手に語らせるように仕向けるのが彼女は上手い。
「それは失礼」
「そもそも、何を見てそう思ったんです?」
「おや、気になるの?」
「興味はありますね。自分が他人にどう思われてるか知る機会ってあまりないですから」
言いながら、テーブルの上のカップを取り上げて。
別に勢い込んで話を聞きたがっているわけではないのだ、と言いたげなそぶりだ。
素直じゃないというべきか、それとも賢いというべきなのか。
判断はつかず、俺は小さく笑う。
「そうだな…君の、態度とか、話し方を見てそう思った、っていうのは一番だけど」
「態度と、話し方ですか?」
「そう。君の柔らかい話し方は、鉄壁のガードだろう?」
穏やかで、丁寧で。
けれど確実に距離を持った話し方。
当たり障りがなさすぎて、酷く温度差を持ったそれ。
「ふふ、冷たいってことですか?」
「ううん、その逆。常温とでも言えばいいかな?同化しすぎて、逆にとらえどころがない」
彼女は相手に合わせているだけ。
こちらが完璧に理解した、理解してもらったと思っても彼女に全くその気はないのだ。
理解されたふり、理解したふり。
そもそもそういった概念自体がないのかもしれない。
きっと最終的に己は己、他人は他人と割り切れてしまえるからだろう。
人の思想と思想が交わることなんて決してありえないことを、彼女はどこかで知っている。
「なんだかそう言われると、私すごく酷い人みたいですね。全然他人を信用してないみたい」
「おや、違った?」
「さぁ、どうでしょう?…まぁ、最初から疑ってかかったりはしませんよ」
それは疑う価値すらないからだろう?
君に取って他者とはそう言う存在。
「…他人を心から理解できるなら、してみたいですけど。でも、それは絶対に不可能ですから」
「どうしてそう思うの?」
「そんなことできるならとっくの昔に戦争なんて終わっていると思いません?」
明るい笑みだ。
…絶望、しているのかもしれない、とぼんやり思う。
彼女はずっと、他人を理解したくて、けれどできなくて。
心を傾け、やがてそれを擦り減らすことに疲れてしまったのかもしれない。
あっさりした絶望と、諦め。
他者とは分かり合えないと割り切ってしまえば、酷く楽だ。
鍵をかけて、それ以上心を痛めなくて済むから。
それを、やさしいから、と言ったら彼女は怒るだろうか?
「絶望してる?」
「すこしだけ」
問うと、彼女は眼を伏せた。
「…自分に、絶望はしますよ。だけど、幾らずるいと罵られようと、私はわたしが嫌いですし、軽蔑してる」
「…ずるいって?」
「昔言われたんです。『君のことを好きだという人がいるのに、それを君が信じないのは狡い』って」
過去の君にそれを言う勇気があった人間がいたのかと、心のどこかで感動した心地を覚えた。
あぁだけど、もしかしたらかつての君は今ほどすべてを諦めようとはしていなかったのかもしれないね。
「…でも、今の私は本当に中途半端。人に縋ることもできないのに、突き放すことも出来てない。期待するのはもうやめようって思ってるのに、未だに私はどこかで諦め切れていないのかもしれません」
そこまで言うと、不意に語りすぎたことに気づいたらしい。
すこしだけばつの悪そうな顔をして、彼女はカップの残りを煽る。
「ちょっとおしゃべりが過ぎましたね。忘れてください」
微笑んだ顔は、いつものそれ。
難攻不落の君は、そうそう簡単には落ちてくれる気はないんだろうね?
「どうしようかな」
「意地が悪いですね」
「好きな子ほどいじめたいんだよ」
「恋人に怒られますよ?」
回りの悪いゼンマイが、油を差されて動きだす。
ようやく滑らかに運び出した会話に、君は珍しく安堵を表に出した。
気付いていないのだろう。
俺が一つ、駒を進めたことに、君は。
気付かないのならばそれで良い。
じわじわと周りを固めて、綺麗に落としてあげるから。
「…(あぁ、でも)」
気付いて足掻いてくれるのも、また一興だね。
俺は小さく笑って、冷えたカップを頬にあてた。
りりり。
ケータイが鳴った、ぱちん。
真白いそれを開いて、耳に押し当てる。
「もしもし」
『はろーまいだーりん』
「…はろーまいはにー?」
不機嫌とも不安ともつかないような声。
ふざけた呼びかけに、こちらも同じ調子で答えた。
電話の奥、一瞬君が黙る。
『…さて問題です』
「はい」
『わたしは今どこに居るでしょう?』
「君の家の中。ついでに言えば君の部屋、さらに言えばベッドの上」
問われた言葉には間髪入れずに答えてやった。
君はぐ、とうめく。
『…なんで』
「そのいち、電話の向こうで音楽が聞こえる。曲はボカロのだから、そうなると必然的に聞いてるのはパソコン。君のパソコンはデスクトップ型で、置いてある場所は君の寝室だからだよ」
『…音量上げてリビングに居るのかもよ」
「そのに、そんな非合理的で面倒くさいこと君がやるわけない。よって君は寝室に居るに違いない」
いよいよ不機嫌そうに彼女が押し黙った。
僕はそれに追い打ちをかけるように言葉を重ねる。
「そのさん、ベッドの上に居るって思ったのは君がしんどい時は大体その中に居るからだよ」
『…別に、しんどくなんか、』
「なら、言い変えようか?…泣きたいんでしょ」
返事はない。
それで構わない。
見知った家の中でさえ迷子になって、怯える君の心の中。
心細くてどうしようもなくて、縋る言葉すら見つからなくて。
ほんとは助けを求めるのだって怖くてたまらなくて、それでも僕に電話をかけてきた。
もっと早く言ってよ、助けてって。
そしたら飛んでいくのに、君の涙が落ちる前に。
やがて、酷く弱々しい声がこぼれおちた。
『…探しに来て、』
「了解、お姫様」
言いながらもう腕には上着を掛けて、足は真っ直ぐ玄関へ。
いよいよ不安定になり始めた君の呼吸を聞きながら、僕は声を押し出す。
「…そのよん、」
『な、に?』
「僕が君の居場所が分かるのは、君のことをあいしてるからだよ」
『…っ』
震える声。
大丈夫だよ、怖くないよ。
すぐに行くから待っていて。
『ばか、』
「君限定だけどね」
電話の向こう、ようやくお姫様がちょっとだけ笑ったのが聞こえた。