「…迷子になりたい」
「いや、意味分かんないから。何それ」
「なんていうかこう、ふらっと失踪したいんだって。ものすっごく薄く作ったカルピスみたいな存在感を醸し出したい」
「いやいやいや、余計意味分かんないからね。何カルピスって」
「こう、うすぼんやり?みたいな。うーん、あれこれ水?カルピス?ってくらいの」
「…君はカルピスを馬鹿にしてるよね」
「してないよ。あたしカルピス好きだもん」
「うん、知ってるよく飲んでるもんね。…じゃなくて、なんでいきなり迷子なの?っていうかカルピス関係ないよね」
「うん、関係ない。…なんていうの、ほら、夏の夕暮れって迷子に最適だと思わない?」
「…えぇと、分かるような分からないような。あぁだけど境界線が淡くなる気はするね」
「そうそう、だからその向こう側にすっと身を投じたくなるっていうか。…ふふ、可笑しいよね。自分から不安になろうとするなんて」
「うーん、っていうかそれは、不安になりたいんじゃなくて安心したくて、だから不安になろうとするんじゃないの」
「…そうなの?」
「たぶんね。ちゃんと帰れる場所があるんだとか、探してくれる人がいるんだって、確かめたいんじゃないかな?そもそも帰る場所がなきゃ迷子にはなれないからね」
「…そういうものかしら」
「そうだと思うよ。(カリカリ)…というわけで、はいこれ。迷子札ね。手帳にでも挟んどきなよ」
「何これ、住所?…しかもあたしの家のじゃないし」
「あ、うんだってそれ僕の住所だし」
「だよね。どうりで見覚えが…って、なんで?」
「だって、迷子になりたいんでしょ」
「…そうだけど」
「迷子になるには帰る場所と、探してくれる人が必要でしょ?だったら僕がなってあげる。君の帰る場所は僕の居る場所だし、君が迷ったら僕が見つけに行くよ。だから君は安心して迷子になればいい」
「…安心して迷子になるって、そもそも矛盾してるんだけど」
「良いじゃない。君は堂々と迷子になって、僕が探しに来るのを待てばいいんだよ。こんなに優雅な娯楽も他にないでしょう?」
「…ちゃんと、探しに来てくれるんだ」
「当たり前。…だから、薄めたカルピスになるなんて言わないでね」
(彼女と彼と薄いカルピス)
PR