「いただきます」
「頂きます」
運ばれてきた料理にさっそく箸をつける。
数口食べたところで視線を感じて顔を上げれば、彼女がスプーンを持ちあげたまま俺を見つめて苦笑していた。
いきなりがっつきすぎたか、とちょっと恥ずかしくなって、気付かれないようにそっとナプキンで口元をぬぐう。
それすら全部見透かしたみたいな穏やかな顔で、彼女は俺の手元に目を落とした。
「…そんなにお腹がすいてたなら、先に食べればよかったのに」
彼女の残業が終わるのを待っていて、夕食が遅れたことを気にしているらしい。
待っている間、何度も「先に食べていてください」と言われたけど、頑として俺が動かなかったのだ。
結局、勤務時間が終わって二時間ほど経って、ようやくふたりで近くのファミレスで夕飯を囲んでいる。
「ごめんなさい、お腹すいたでしょう?」
「あー…まぁ、空いてないって言えば嘘だけど」
申し訳なさそうな彼女に、今度は俺が苦笑した。
「だって、一人の夕飯なんて淋しいじゃん」
「それはそうですけど」
「俺が一人で食べるのが嫌で君を付き合わせてるんだから、気にしないでよ」
「…先輩ってば淋しがり屋」
甘やかすような口調で彼女は言う。
無意識の甘さに気付いていないらしい君は、俺から目を逸らしてようやくスプーンを口に運んだ。
おいしい、とほころぶ口元に、やっぱり一緒に食べて正解だったと俺も笑う。
一人の食事が嫌いなのは、ほんとう。
兄弟が多かったせいか、みんなでわぁわぁ言って食べるのに慣れてるから。
好き嫌いはないから食べてるモノはコンビニ弁当でもなんでもいいけど、目の前に誰かがいない食事風景は苦手なんだ。
「先輩せんぱい、それ美味しそう。ひとくちください」
「はいはい、仰せのままに」
切り分けたハンバーグを口元に差し出す。
ぱくりと齧りついて、彼女は子どもみたいな顔をした。
うん、やっぱりこれが良いよ。
俺だけじゃない、君にだって。
ひとりで食事なんて、させたくないんだよ。
彼女が一人での食事をなんとも思っていないことは知っている。
基本的に食べることに興味を持たない子だから、嫌いなものでなければ何処で誰と食べようと君はあまり頓着しない。
「だって味は同じでしょう?」俺の言葉に、君はそう言って不思議そうな顔をする。
「じゃあこれ、お返しに」
「…ん、ありがと」
「熱いですからね、気を付けてください」
美味しいと返せば、君はとてもうれしそうに。
この顔が見たいから、俺はきっと君にワガママを言い続けてしまうんだろう。
一緒に食事をしようって。
ずっと、できればこの先も。
ふたりで、あるいは――。
「先輩?どうしたんですかぼんやりして」
「んー、デザートはあのシフォンケーキを半分こしようかなと思って。付き合うでしょ?」
ちらりと見えた青写真。
どこまでいっても幸福すぎて、俺はゆっくり目を閉じた。
(グラスに映った君と俺)
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