彼女はとても、話が上手だ。
思わず引き込まれるような語り口に、相手に合わせた豊富な話題。
楽しそうに笑ったり、眉をひそめたり。
くるくると表情を変えながら、彼女は言葉をつないでいく。
そして彼女は、聞くのも上手だ。
的確なところで相槌や質問を挟み、相手から次々言葉を引き出す。
興味深そうな視線を向け、納得したように頷いて。
それに誘われるようにして、ついつい話が進んでしまう。
だから彼女の周りには、いつでも言葉があふれていて。
テンポの良い音楽のような軽やかさ。
みんな彼女がそういったことが好きで得意で、だから上手なのだろうと思っているに違いない。
けれど――。
ソファにうずもれるようにしてココアをすする彼女の横顔を、見るともなしに盗み見た。
凍りついたような無表情で、カップに目を落としている。
知らない人が見たら、人形だと思うかもしれないくらい。
「熱くない?」
問うと、こくりと頷いた。
僕と二人でいるときは、彼女は極端に口数が少なくなる。
最初のうちこそ驚いたものの、いまではすっかり慣れっこだ。
よかった、と僕も返して、同じようにコーヒーをすすった。
遠くのほうで、子供がはしゃぐ高い声が聞こえる。
静かな部屋に投げいれられて、曖昧に広がっては消えて。
「ねぇ、」
ねぇ、ほんとうは。
話すのだって聞くのだって、ほんとは得意でもなんでもないんだよね。
ほんとうはむしろ苦手で、人前に立つのだってやりたくなくて。
だけど君はとても、とても聡明な女の子だから。
できてしまうんだ、なんでもないように色んなことが。
だから期待されるし、求められるし、そうなったら君は応えてしまう。
たくさんの期待に。
たくさんの要求に。
君はにっこり笑ってそれらを難なくこなして、その裏側で緊張に震える息を吐く。
「――なぁに」
話しださない僕を不思議そうに見て、君はようやく口を開いた。
翡翠を隠した瞳に微笑んで、ちいさく首を振る。
「そう、」
「うん。なんでもないよ」
話さなくても良いんだ。
せめて僕の前でくらい。
黙りこくって目を伏せて、なにかを紡ごうとしなくていい。
君がなにもしないこと。
それが僕の誇りなんだって、そう言ったら笑うのかな。
それとも困った顔を向けるのかな。
どっちでもきっと幸せだ。
想像に思いがけず予感する。
その横でふと、君が笑った。
ココアのカップと僕を交互に見て、ほどけるような声で言う。
「美味しい」
「それは良かった」
世界はめまぐるしくその色を変えていく。
一秒だって立ち止まらないその場所で、ここだけがまるで取り残されたみたいに沈黙に満ちている。
なんだっていいんだ、君が安心して眠れるなら。
たいしたことのできない両腕だけど、抱きしめるくらいならできるから。
「ねぇ?」
「なに?」
君が笑う。
「――ありがとう」
その言葉だけが、僕の永遠の道しるべ。
(ぜんぶゆるして、ゆるされて)
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