[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
扉を蹴った音が響く。
しばらく名残のように震えていたが、それも終わると再び当然のようにその鉄扉は沈黙した。
彼女は諦めずもう一度その華奢な足を引き上げるが、隣の彼がそれを留める。
除染何度やったところで、この扉が彼らの力では到底開けられないことはもう分かっている。
「くそー…」
「女の子がそんな顔しないの」
余裕を持った声に聞こえるが、彼の足もとには噛み千切られた爪の欠片が散らばっている。
いらだった時の彼の癖で、じきに指まで噛みだすことは予想が出来た。
その前に止めてやらなきゃな、と彼女も彼女でぼんやり思う。
「…それにしても、笑ってしまうね」
皮肉げに彼が吐き捨てた。
日に当たらないせいで生白いままの彼の左腕には、青く何かの文字が書かれている。
こういった古代文字めいたものは読めないので真相までは分からないが、おそらくこれは彼のエレメントを封じる水。
そして彼女の細い腕に巻きつけるように書かれた琥珀色のそれは、風に動じぬ土のもの。
こんなもので偉大なる『神様の愛し子』の力を封じられてしまうのだから、ずいぶんとちゃちだと彼は笑う。
「…そうね、せめて『これ』が無ければね」
「そうしたらこんな扉、一瞬で壊してやるのに」
否、一瞬すらもいらない。
もっと短い時間で良い、それだけでこの扉なんて文字通り消滅させてやれる――力が、使えたら。
なにがあったところでこの力があるからどうにかなると。
高をくくったのがそもそもの間違いか。
人間離れしたこれを封じられてしまえば、体力も戦闘力も一般人より劣るただの子供にすぎない。
情けないな、と嘲笑をもらしたのはほぼ同時だ。
「…どうする?」
「わざわざ『こんなもの』用意するんだ、狙いは僕たちだろう?」
普通の人間なら、考えないような。
エレメントに精通した人物の仕業だろう、思い当たる節がないのが恐ろしい。
首筋に走った寒気に気付かないふりをして、彼女は明るい声を出す。
「さっくり殺さなかったあたりが怪しいよね」
「いや、いたぶって殺すつもりかもよ?」
「あーでもあれかな、きみの泣いて懇願する様ってちょっと見てみたいかも…普段気丈な人間が泣くのってそそらない?」
「…そっちこそ、啼いて懇願させてあげようか?個人的には君の泣き顔の方が見たいんだけど」
くだらない会話だ。
だけどしていないと少しだけ、怖い。
彼女は扉の向こうに意識を向けて、こちらに向かってくる足音がないことを確認する。
「…あぁ、でも」
急に彼が顔をあげ、彼女その視界に入れて微笑んだ。
その微笑に、彼のつむぐ次の言葉が彼女には分かってしまう。
「「…大丈夫(だ)よ」」
重ねたのは、同じ言葉。
一度だけ彼は驚いた顔をして、けれどすぐに察してわらう。
我儘で、利己的な。
けれど愛に満ちた、と言ったらキミは泣いてしまうだろうか?
「「キミのことは、あたしが(僕が)守るから」」
あぁ、だけどどうか。
それを聞いたキミが、笑ってくれれば良いと心から思った。
『彼と彼女。』無意味にシリアス。
お題消化作品。
そして続きません(笑)
当然他のSSとも関係ないです。
あぁでも久々にこういう文章書いたら楽しかった…!!
「あ、」
「先輩?」
小さな呟きにわたしはゆっくり顔を上げる。
窓の外を見ていた彼はわたしに視線を向けて、にっこりと笑った。
「見て、雪だよ」
言葉のとおり、白くあかるい空からちらちらと雪が降っていた。
道理で冷えるわけだ、とちっとも温まらない両の手を擦り合わせる。
ついでにふる、と身体まで震えて、それを見た彼が苦笑する。
「寒い?」
「えぇ、とても」
それでも際限なく降り注ぐ真っ白な花には少し心が跳ねた。
はらはらとはらはらと、まるで永遠みたいに。
積もるかしら、とぼんやり思った。
「雪は嫌いじゃありませんけど、積もると困りますね」
「相変わらず情緒がないなぁ」
「歓声でもあげましょうか?」
「あはは、見てみたい気もするけどね」
残念なことに、わたしは白い雪に目を輝かせて『わぁ、綺麗!』なんて言えるような可愛らしい女の子じゃない。
それが出来るならこんな皮肉っぽい言葉じゃなくて、もっと気の利いた答えを返しているわ。
「子供の頃、雪が降るとはしゃがなかった?」
その声に、は、と意識を引かれる。
目の前の彼の微笑は変わらず穏やかで、わたしも少し口の端を上げてそれに応えた。
「そうですね、わざわざ傘をささないで出かけたりとか」
「積もると雪合戦したり?」
「雪だるまも作りましたよ」
雪合戦に、雪だるま。
もうずいぶんと懐かしい響きだ。
今でこそこんな風にお嬢さん然として振る舞って入るけれど、昔は結構なおてんばだったのだ。
かつてわたしと遊んだ彼らは、今元気かしらと少しだけ笑う。
「…でも、雪を見ると少しだけ淋しくなりますね」
雪はさっきよりも勢いを増して、窓の外を白く染めていく。
白く、ひたすらに白く。
音もなく降り積もって、世界を埋めていく。
それは酷く、淋しい光景だと思っていた。
「それは、溶けるから?」
「それもありますけど、何て言うのかな…」
上手く言えないふりをして笑う。
今日のわたしは妙に感傷的だ。
定かじゃない未来の話なんてしたってどうしようもないのに、わざわざ不安になろうとしているみたい。
「…出かけようか」
「え?」
それは、あまりに唐突な誘い。
呑み込めず瞬きを繰り返すと、彼はわたしに手を差し伸べて。
「せっかくの雪なんだし、出かけようよ。あたりが白く染まっていくのを見て、熱いココアでも飲もうよ」
「せん、ぱい、」
「そしたら、きっと淋しくなんてなくなるだろう?」
言いながらわたしの持ってる中でいちばんあたたかいダッフルコートを手渡される。
ぎくしゃくした動作のままそれに袖を通すと、さらにマフラーをぐるぐるに巻かれた。
「風邪ひかないように、あったかくしないとね」
「はぁ…」
「はい、帽子も。手袋も忘れないようにね」
耳まで覆うニット帽に、ふかふかの手袋。
先輩も完全防備が整ったらしく、私に向かって手を差し伸べた。
「行こう?淋しがり屋さん」
外はうんと寒くて、音のない世界は淋しくて。
どうしようもなく泣きたくなるかもしれない。
あぁ、だけど。
この人と見る雪は、きっとうつくしいく、幸福だから。
「仕方ないから、付き合ってあげます」
最初からお見通しだったのだろうな、とマフラー越しに手を重ねながら想った。
「――は、」
嗤う。
耳に響いた声は、聞いたことがないくらい弱々しくて。
まるで自分の声じゃないみたいだと思った。
「…な、さけな…」
情けなくて、不甲斐なくて、涙も出ない。
いつからわたしはこんなに弱くなったのかしら。
はやくあの人に釣り合うような大人になろうと思って、想って。
なのにわたしはちっとも変われていないことに今日、気付く。
わたしは聞き分けのない子供のままだ。
どんなに澄まして大人っぽく振る舞っても、肝心の内面は、ぜんぜん変わってない。
演技ばかりが巧くなって、小奇麗な外装ばかりが出来あがって。
嗚呼、嗚呼、なんてことだろう?
「みっともない、な…」
…どういうわけか、昔から物事に淡白だとばかり思われてきた。
他人に興味もなければ、執着もしない。
嫉妬とか独占欲からは程遠い。
そんな風に思われていたし、自分からそのイメージを壊すこともなかったのだけど。
「(…ほんとうは、)」
ぜんぜん、違う。
そんなできた人間じゃ、ない。
独占欲も執着心も人一倍、いつだって理由はわたしで在ってほしい。
四六時中一緒に居ろと要求するつもりはさらさらないけど、私が想うのと同じくらい相手にもわたしのことを考えていてほしい。
わたしのせいで泣けばいい、わたしの為に笑えばいい。
そんなふうに、思ってしまう。
我儘で、嫉妬深くて、醜くて。
ほんとうは、そんな最低な人間なのだ。
「…ばかみたい」
だけど、それがみっともないことくらい知っている。
幻滅されるのも、突き放されるのも怖かった。
だから聞き分けの良いふり、物わかりのいい恋人のふり。
独占欲も嫉妬心も、おくびにも出さないようにして。
そうやって、自分への言い訳ばっかりが積もっていく。
はやく大人になりたかったの。
貴方に釣り合うような大人に、なりたかった。
なのに、それなのに。
あの人が綺麗な女の人と話していて、それだけでわたしの脆弱な精神は惨めなくらいにぐらぐら揺らいで。
逃げるみたいに、その場を去ってしまった。
「ばか、みたい、…ばかみたい」
痛い。
いたい痛いイタイ。
痛くていたくて、たまらなかった。
言い訳で退路を塞いだ心臓が、軋んで叫んで張り裂けそうだ。
大人になんかなりきれない幼い子供のわたしが、恨みがましい目で見上げる。
閉じ込めて飼い慣らしてきた罰がこれなら、ずいぶん手酷い一撃だ。
「ふ、ふ…ほんと、どうしようも、ない…」
醒めた笑い声ばかりが、空虚に響いた。
「あれ、」
「なんです?」
「いや、出かけなかったの?今日遊びに行くんじゃなかったっけネズミの国」
「あー…いえ、わたしは、用事があったから。っていうかネズミの国ってやめてくださいよ生々しい」
「でも事実でしょ?…残念だったね、楽しみにしてたのに」
「…別に、気にしてませんよ。わたし一人に予定合わせさせるわけにもいきませんし」
「…嘘つき。凹んでるくせに」
「煩いです」
「否定しないんだ?」
「したって無駄って知ってますから」
「素直じゃないなぁ」
「素直なわたしなんて気持ち悪いだけですよ?」
「たまにはいいと思うけどね。…ほら、おいで」
「?」
「…落ち込んでるみたいだから慰めてあげるって言ってるの。察しなよそれくらい…」
「あははすみません。…じゃあ、ちょっと、だけ」
「おいでよ、全部聞くから」
「…別に、もう子供じゃありませんから。気になんてしてません、ほんとうに」
「…うん」
「ただ、なんていうか昔っから、わたしこういうのは運ないんですよね。イベントがあるときって、たいてい体調崩したり、仲間外れにされたり」
「あぁ…緊張すると眠れないしね、君」
「それで次の日ふらふらしてたりとか。だから、慣れっこなんですよ行けないのも、待ってるのも。…でもちょっとだけ、淋しかった」
「…別に、行けないことが淋しいんじゃないんだろ?そりゃ、行けた方がずっと良かったに違いないけど」
「えぇ。…わたしのこと、誰も気にかけてはくれないんだろうなって、思ったら悲しかったんです。あぁ結局のところわたしは『その中』には居ないんだろうなぁって」
「友達が嫌いなわけでも、嫌われてるわけでもないのは分かってるんだよね」
「もちろんですよ。…でもきっと、誰もわたしのこと、思いださなかったと思うんです」
「そんなことないよ、って言っても、信じないよね」
「…そうですね。たとえ事実と反しても、わたしがそう見てしまったらわたしにとってはこれが真実ですから」
「…なまじっか自分の世界が明確で理論だってると、こういう時に困るね?思考で雁字搦めになってる」
「…ごめんなさい」
「ん、ごめん怒ってないよ。続けてくれる?」
「…嫌われては、居ないと思うし…仕方のないことだし、どうしようもないっていうのもちゃんと分かってます。ただ、淋しいなって思ったら止まらなくて、世界もわたしも終わっちゃえば良いなって」
「頭では分かってても、心がしんどいこともあるんじゃないの」
「…嫌ですね、そういうのは。分かってるならその通り動きたい」
「それじゃただの人形だよ」
「それでも良いなって思ったんです。できることなら人形になりたかった」
「…思いつめたね、また」
「そうでもありませんよ。…ただ、そうやっていじけたり、彼女らのことを羨んだり、そういうこと考える自分が情けなくて不甲斐なくて。こんなわたしだから、置いて行かれちゃうのかなって、思ったりして」
「…考えすぎだよ。自分でも分かってるんだろう?」
「悲劇のヒロイン気取っちゃって、ばかみたい。自分のこと最低って罵って、誰かに否定して欲しくて。だけどその言葉だって信じられないくせに、わたしは本当に我儘」
「はい、ストップ」
「…先輩?」
「自分のこと苛めたって、良いことないよ。それよりは優しい言葉の一つでもかけてやれた方が良い。…ただでさえ、君は自分のこと嫌ってるんだから」
「…分かって、ますけど」
「だったら、自分を責めるのは今日だけでも止めにしよう。それよりゆっくりお風呂にでも入って、泣きたければきちんと泣いて、それから明日のこと考えよう」
「…わたし、あの子たちに会ったら、ちゃんと笑えるかな。暗い顔は、もう見せたくないんです」
「…大丈夫だよ。そのためにも今日はちゃんと休もう。ね?」
「…はい」
「良い子だ。…大丈夫、ちゃんと整理がついたらいつもみたいに笑えるよ」
お題消化作。