…まさか、こんな破壊力だなんて思わなかったんだけど。
しゃん、しゃん。
銀色の小振りな鋏が控えめな音を立てる。
一閃する度にぱらぱらと短い黒糸が舞った。
「もうちょっと顔上げてくれる?」
「…ん、」
少し迷うみたいな間を開けて、目を伏せたまま白い顔がこちらを向いた。
爪が当たったりしないように注意しながら、そっと前髪を持ち上げて鋏を入れる。
しゃん、しゃん。
まばらに散った髪が頬について、それを指先で払うと、むずかるようにまた顔が下を向いてしまう。
「ちょっとー、下向かないでよー」
「だって、」
さっきからこの繰り返し。
伸びた前髪を切り始めてから、何回これをやっただろう?
柔らかに澄んだ黒い瞳があたしを映して、逃げるように顔を背ける。
「ね、もう良いから」
「だめ、今やめたらすごい勢いでパッツンだよ」
指先から離れた顎を再び捕らえてこちらに向けた。
ぐき、とか聞こえたのは多分気のせいだよね、うん。
「…君ねぇ」
「るー。ほらもっかい目閉じてー」
渋々閉じられた瞳に満足して、あたしは鋏を持ち直す。
けれど前髪を掬ったところで、不意に手が止まった。
「…(睫毛、長いなぁ)」
思わず目を奪われたのは、意外なくらい長い睫毛。
白い頬に影をおとして、とてもとても綺麗だ。
「(わー…)」
相手が目を閉じているのを良いことに、まじまじと見つめてしまう。
…あんまり、こんな風に近くで顔を見ることってなくて。
物珍しさに、前髪を掬い直すふりをしながら視線は釘付けのままだ。
「(…綺麗な顔してるよねぇ)」
肌は陶器みたいで、それに触れたい衝動に駆られる。
あかい唇になんだか目眩すら覚えて、あぁもうどうかなってしまいそう。
「どうしたの?」
なかなか手を動かさないあたしを不思議に思ったのだろう。
名前を呼ばれて、ふるりと彼の瞼が震える。
嗚呼まって、もうちょっとだけ。
時間すら止めたくて、あたしはまるで誘われるように――彼のくちびるに、キスを落とした。
「ん、」
「(しまった、)」
くちづけた瞬間にハッとして、慌てて離れたけれど。
向こうもびっくりしたらしく、猫の瞳が瞬く。
「え、あ、」
「…ふぅん?」
にこり。
笑った彼はなにか企むようで、咄嗟に身体を引きかけたけどもう遅い。
腕を捕らえられて引き寄せられて、あたしは彼の膝に落っこちるみたいに座り込んだ。
「ね、待っ…」
「キスがしたいなら言えば良いのに」
ちゅ、と言葉と共に前髪にキスされて。
嗚呼、嗚呼、どうしよう心臓がうるさいわ。
額や頬に次々キスが降ってくる。
「どうしたの?君からなんて珍しい」
「そ、れは…」
だって、君があんまりにも綺麗だから。
言えずに飲み込んだ言葉は、きっと告げても告げなくても同じこと。
握っていた鋏を抜き取られて、隠されてしまう。
「…ねぇ」
「な、に…」
瞳を覗き込まれれば、あたしはたちまち言葉を失ってしまう。
困り果てて俯いても、きっと彼にはかなわない。
「…キス、しようか」
あたしの答えなんか聞かないで、唇に熱を落とされた。
久々『彼と彼女。』です。
わぁあなんだこれ砂吐きそう!
あまいよ…甘過ぎるよこのブログにおいて前代未聞の甘さだよ…。
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