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「あ、」
「先輩?」
小さな呟きにわたしはゆっくり顔を上げる。
窓の外を見ていた彼はわたしに視線を向けて、にっこりと笑った。
「見て、雪だよ」
言葉のとおり、白くあかるい空からちらちらと雪が降っていた。
道理で冷えるわけだ、とちっとも温まらない両の手を擦り合わせる。
ついでにふる、と身体まで震えて、それを見た彼が苦笑する。
「寒い?」
「えぇ、とても」
それでも際限なく降り注ぐ真っ白な花には少し心が跳ねた。
はらはらとはらはらと、まるで永遠みたいに。
積もるかしら、とぼんやり思った。
「雪は嫌いじゃありませんけど、積もると困りますね」
「相変わらず情緒がないなぁ」
「歓声でもあげましょうか?」
「あはは、見てみたい気もするけどね」
残念なことに、わたしは白い雪に目を輝かせて『わぁ、綺麗!』なんて言えるような可愛らしい女の子じゃない。
それが出来るならこんな皮肉っぽい言葉じゃなくて、もっと気の利いた答えを返しているわ。
「子供の頃、雪が降るとはしゃがなかった?」
その声に、は、と意識を引かれる。
目の前の彼の微笑は変わらず穏やかで、わたしも少し口の端を上げてそれに応えた。
「そうですね、わざわざ傘をささないで出かけたりとか」
「積もると雪合戦したり?」
「雪だるまも作りましたよ」
雪合戦に、雪だるま。
もうずいぶんと懐かしい響きだ。
今でこそこんな風にお嬢さん然として振る舞って入るけれど、昔は結構なおてんばだったのだ。
かつてわたしと遊んだ彼らは、今元気かしらと少しだけ笑う。
「…でも、雪を見ると少しだけ淋しくなりますね」
雪はさっきよりも勢いを増して、窓の外を白く染めていく。
白く、ひたすらに白く。
音もなく降り積もって、世界を埋めていく。
それは酷く、淋しい光景だと思っていた。
「それは、溶けるから?」
「それもありますけど、何て言うのかな…」
上手く言えないふりをして笑う。
今日のわたしは妙に感傷的だ。
定かじゃない未来の話なんてしたってどうしようもないのに、わざわざ不安になろうとしているみたい。
「…出かけようか」
「え?」
それは、あまりに唐突な誘い。
呑み込めず瞬きを繰り返すと、彼はわたしに手を差し伸べて。
「せっかくの雪なんだし、出かけようよ。あたりが白く染まっていくのを見て、熱いココアでも飲もうよ」
「せん、ぱい、」
「そしたら、きっと淋しくなんてなくなるだろう?」
言いながらわたしの持ってる中でいちばんあたたかいダッフルコートを手渡される。
ぎくしゃくした動作のままそれに袖を通すと、さらにマフラーをぐるぐるに巻かれた。
「風邪ひかないように、あったかくしないとね」
「はぁ…」
「はい、帽子も。手袋も忘れないようにね」
耳まで覆うニット帽に、ふかふかの手袋。
先輩も完全防備が整ったらしく、私に向かって手を差し伸べた。
「行こう?淋しがり屋さん」
外はうんと寒くて、音のない世界は淋しくて。
どうしようもなく泣きたくなるかもしれない。
あぁ、だけど。
この人と見る雪は、きっとうつくしいく、幸福だから。
「仕方ないから、付き合ってあげます」
最初からお見通しだったのだろうな、とマフラー越しに手を重ねながら想った。