「ただいまー!」
「おかえり、」
振りかえって君の顔を見上げて、なんとなくいつもと違うような気がした。
「…髪、切った?」
尋ねてみると、君は驚いた顔をして。
それからすぐに軽やかに笑った。
「そうだよ、よく分かったねー」
「あんまり自信無かったんだけどね」
おいでと手招きをすると、彼女は素直によって来た。
ソファに座る僕の傍らに座り込んで、膝に頭を摺り寄せて。
真っ黒な長い髪、それが昨日よりは幾分短くなっていることに改めて気づいた。
「これだけ長いとね、切っても気付いてもらえないことの方が多いんだけど」
「まぁ、僕がそれだけ君のことを気にかけてるってことで良いんじゃないの」
「ふふ」
頭を撫でて、指で髪を梳いて。
たまに乱しては、それを整えてやる。
その間中ずっと、彼女は大人しく目を閉じている。
「…なにか、あったの」
そっと言葉にして押し出すと、ぴくりと眼下の肩が跳ねた。
なにかを突き放してしまいたいとき。
考え続けるのが苦しくてしんどくて、自己嫌悪すら遮断してしまいたいとき。
逃げる場所なんてもともと持っていない彼女が、唯一逃げ道として用意できるのが髪を切るという行為なのだと知っていた。
からみついた想いも、それを断ち切れない自分も。
諦めてしまいたくて突き放してしまいたくて、彼女は髪を切る。
ある意味で儀式みたいなものなんだろうな、軽くなったらしい頭を撫でながらそんなことを考える。
「…ただ、邪魔だなって思っただけだよ」
「そう」
それは、髪のことなのかそれとも己のことなのか。
曖昧な言葉とともに、彼女は微笑むから。
「…普段切ってくれる美容師さんがお休みでね、別の人に切ってもらたんだけど」
「うん」
「その人がすごい格好良くてね、ちょっと吃驚した」
「それは妬けるな」
他愛もない会話だ。
僕には所詮彼女が抱えた想いの半分だって汲み取ってやれないのだ。
いくら近しい恋人でも、或いは伴侶でも。
踏み越えられない一線は、必ず存在するのだから。
だけどこのちっぽけな言葉達が、君の心を晴らすことだけ願いたいんだ。
「ね、出かけようか」
君が僕を振り仰ぐ。
少しだけ赤い目、気付かないふりをして僕は微笑む。
「良いよ、どこに行く?」
「天気も良いし、あったかいし。早めのお花見なんて如何です?」
「賛成。ちょっと待って、上着取ってくる」
「あたしも行くー」
あぁ願わくば。
咲き始めた桜の花を見て、君よどうか微笑んで。
あれ、あんま桜関係ない…!?
桜計画第二段、ということで彼と彼女。
美容院と可愛い雑貨屋さん、あと美味しい紅茶とかお風呂とか。
そういうのって、つまり自分の好きなもの?行くとちょっと幸せになれるものっていうのは。
なんていうか自分にとって必ず味方になってくれるものだと思うのですよ。
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