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書きたいものを、書きたいときに、書きたいだけ。お立ち寄りの際は御足下にご注意くださいませ。 はじめましての方は『はじめに』をご一読ください。
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    今夜君は僕のもの。

    「いつまでも愛してる 今夜君は 僕のもの」

    気に入りの雑貨屋さんで流れていた音楽が、不意に口をついて出た。

    「今夜君は 僕のもの」

    辿るのは、柔らかく耳に馴染む、どこか甘やかな唄声。
    店内はカバー曲ばかりが流れていたから、たぶんこれも誰かの歌をアレンジしているものなのだろう。
    雰囲気からして、元は男の人が歌っているのかもしれない。
    ただ、わたしはそのぬくもりのある歌姫の声が気に入っていた。

    「さよなら言うよ 虚ろな恋に」
    「いつまでも離さない 今夜君は 僕のもの」

    知っているところだけを、繰り返しなぞる。
    何度も出てくる同じフレーズは、愛おしくうつくしい。

    …曲調は穏やかで、可愛らしかったけれど。
    歌詞から考えると、別れの曲なのかもしれないと思う。

    あしたの朝からは、他人に戻る『僕』と『君』。
    だけど今夜は、今夜だけはきっとまだ恋人同士で。
    そうして繰り返すのは、泣きたいくらいに透き通った愛の言葉。
    ――今夜君は、僕のもの。

    「今夜君は――」
    「何を歌っているの?」
    「っ」

    いつの間に後ろにいたのだろう。
    肩口に彼の声が落ちて、わたしは驚いて振り返る。
    予想以上に近い距離に、大きく心臓が跳ねた。

    「…驚いた」
    「ごめん、びっくりさせた?」

    笑って彼はわたしから離れる。
    急に温度を失った背中が、寒々しいと思ってしまった。

    「どうしたの?」
    「…いえ、」

    優しい声に、わたしは笑って首を振る。
    センチメンタルなんて似合わない、淋しいなんて思ったらだめだ。
    考えてしまったら欲張りになる、どんどん空っぽになってしまう。
    縋ったら立てなくなるの、知っているでしょう?

    「さっきの、なんて歌?」
    「さぁ…お店で流れていただけだから、分からないんです」
    「ふぅん…もう一度歌ってよ」

    …わたしは、そんなに歌が上手いわけじゃない。
    というか、音痴の部類に入ると自信を持って言えたりも、する。
    音域があるわけでもなく、高音も低音も綺麗には歌えないから。

    だから、困ってしまうのだ。
    こんなふうに、改めて歌ってなんて言われてしまうと。

    「えー、嫌ですよ恥ずかしい」
    「良いじゃない、俺は聞きたい」

    こういう時に優しげに瞳を覗き込むのはずるいと思う。
    躊躇って迷って悩んで、わたしは目を伏せる。
    間近で笑った彼の吐息が、わたしの睫毛を揺らした。

    「…仕方ないね」

    す、と耳元に唇を寄せられる。
    キスされるのかしら、そう思ってつい目を閉じた。

    「――今夜君は、僕のもの」
    「っ!」

    けれど、飛び込んだのは甘い声。
    しっとりと熱を持ったそれに、意識せず肩が震えた。
    どうして良いか分からず固まったわたしを、彼は楽しげに見下ろす。

    「そうでしょう?」

    淋しい気持ちも、言えないまま固まった甘える言葉も。
    何でだろう、どうしてこの人には見つかってしまうの?
    泣けないわたしを、その声はゆらゆらと誘う。

    「…今夜、だけですか?」

    言えたのは、可愛くないと自分でも思ってしまうような言葉だ。
    ここでうるんだ上目遣いでも出来ればよかったのにとつくづく思う。
    素直そうに見せている外見とは裏腹に、わたしは本当に意地っ張りだ。

    頑なに眼を逸らすわたしの頭を、くしゃくしゃにして貴方は笑う。

    「…ほんとう、可愛いね俺の恋人は」
    「…皮肉にしか聞こえませんよ?」
    「淋しがりなくせに、意地っ張りで素直じゃないんだから」

    与えられたのは、恭しい手の甲へのキス。
    お姫様のようだ、考えたら頬が熱くなるのを感じた。
    表情は取り繕えても、上昇する体温はごまかせない。
    こんなところで素直になっても嬉しくない。

    「…いつまでも君は 俺のもの」

    それを分かっているのだろう。
    余裕めいた声が、わたしの熱を煽る。
    上がった熱は、しばらく冷めそうにもない。
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    HN:
    祈月 凜。
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    性別:
    女性
    誕生日:
    1990/10/10
    職業:
    学生。
    趣味:
    物書き。
    自己紹介:
    動物に例えたらアルマジロ。
    答えは自分の中にしかないと思い込んでる夢見がちリアリストです。
    前向きにネガティブで基本的に自虐趣味。

    HPは常に赤ラインかもしれない今日この頃。
    最近はいまいちAPにも自信がありません。
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