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目の前にいる人物が、信じられなかった。
「や、っと…見つけ、た…っ」
荒い息の間に絞り出された言葉は、酷く切なげで狂おしげで。
わたしはただ呆然と、彼の背中を見つめた。
汗で湿ったシャツ、普段の彼からは到底想像もつかないような。
「どう、して…?」
「どうして、じゃ、ないよ…!」
喧嘩をして、飛び出した。
行き先も言わなかったし、けれど別に心配されるとはさほど思っていなかったのだ。
だってわたしはこの人には敵わない。
わたしの行動範囲なんて知れたものだし、結局わたしがこの人のところにしか帰れないこともよく知れていて。
だからこんな風に、はじめて見るような必死さで以て探されるなんて夢にも思わなかったのだ。
「探し、たんだよ…っ」
「わたし、を…?」
ぽつり、呟くように返す。
…元はと言えば、これが、原因だったのだけど。
理解されているといえばその通りなのだろう、けれども何をしたって妬いてもくれないのが、どうしようもなく淋しかった。
居なくなったら心配して欲しかった、探してほしかった。
わたしのこと、見つけにきて欲しかった。
子供じみた我が儘だって、もちろん分かっているのだけれど。
子供のわたし、大人の貴方。
余裕のないわたしと、いつだって余裕顔な貴方。
その差があまりに歴然としていて、悔しかった、…悲しかった。
だから、だけど。
心配なんてされるはずない、そう思いながらも飛び出した。
「だって、なんで…どう考えたって、勝手に飛び出したわたしが悪い、のに…っ」
貴方が探す必要なんてどこにもない。
勝手に怒って、勝手に飛び出して。
頭が冷えたら勝手にまた帰ってくるのだ、本当は心配される必要だって、ない。
なのに、なのに――。
「探しに…きて、くれたんですか…?」
「…当たり前、だろう…?」
呼吸がようやく落ち着いたらしく、彼が折っていた上体をゆっくりと起こす。
熱を持ったてのひらが、わたしの冷えた頬に触れた。
「心配したよ。怖く、なったよ」
「ごめん、なさい…」
「居なくなったら探すよ、見つけに行くよ」
走り回らせてしまったのだろう、彼の首筋を汗が伝う。
動かないでいたせいで寒さすら覚えたわたしとは、対照的に。
汗をかくのが嫌いだと公言する彼、みっともなく足掻いたり、無駄に労力を注ぐことなんて、大嫌いなはずなのに。
「俺が、探しに行かないと思った?」
「…だって、わたしの行動パターンなんて、知れているでしょう?」
「確かに、ね。予想くらいは、立てられるよ」
「だったら、」
「…それでも、心配するよ。だって君は、俺の恋人だろう?」
開きかけたくちびるを制された。
貴方はちいさく笑う。
「…君は、自分のことを。無価値で必要のない女の子だと思ってるみたいだけど」
何も言えなかった。
わたしは、反論する言葉を持っていない。
ただ彼の顔を見上げて、彼もわたしを見下ろして。
「…ちゃんと、必要だよ。君が此処から居なくなったら、俺は泣くよ」
「ごめ、ん…なさい…」
「――帰ろう?待たせたね」
意識せず、涙が落ちた。
子供じみた我儘、その向こう側に在るのは、淋しすぎる心。
見透かされて、暴かれる。
嗚呼やっぱり、わたしは貴方には敵わない。
「た、だい…ま…」
「うん。…おかえり」
繋いだ手。
今度こそ、体温は溶けあった。
カレとカノジョ。
カノジョが珍しく行動派、かつ素直です。
迷子になったら探してほしいんだと思います。
我儘だって、困ったちゃんだって分かってはいるけれど。
そう思ってしまうくらい、淋しいことってあるんだと思いませんか。