※『彼と彼女。』、天使シリーズ。
「…また眠れないの」
僕とご主人さま。
今日も夜は、遠い。
「…起しちゃった?」
「ううん、起きてた」
「寝てても良いのに」
「眠くない」
天使は別に人間ほど眠りを欲さない。
何度か説明しているはずなのに、彼女は弱く笑って僕に謝る。
第一、君が眠れないのに僕が眠れるわけがないじゃないか。
僕は君の為の天使だ、そうでなきゃ意味がない。
…もちろん、これは言ってやらないけれど。
「眠れない夜は、しんどいから嫌だわ」
君はそう言って、手の中のカップを見つめた。
半分ほどに減ったホットミルク。
気休めでしかない、けれど君の精神をわずかに支えているのだ。
「しんどい?」
「寝なきゃ寝なきゃ、って思えば思うほど苦しいし、変なことばかり考えちゃうし。眠れない夜は、嫌い」
白い顔。
拗ねたような横顔。
削るように燃やすように、無理やりに動かされる君の脆い身体。
折り合いは、いったい何時になるのだろう?
「…ごめんね、付き合わせて」
謝罪に、首を振る。
肩を抱くのも陳腐な気がして、けれど何か言っても嘘くさく響く気がして。
仕方ないから僕は、君の小さな頭を撫で、その長い髪に指を通すくらいしか思いつかない。
神に愛された魂が、笑えたものだと嘲りながら。
「…いるから、ここに」
上手く紡げないことば。
それでも君がわらうなら。
僕は何度だって繰り返すし、何度だって誓うよ。
「君が眠れないなら、朝までだって付き合う。必要なら物語でも、子守唄でも謳ってあげるよ」
「…子守唄?」
「天使だからね、それなりに上手だよ」
それは素敵だわ、そう言って君は楽しそうに笑った。
そうだよ、苦しくなければいいんだ。
眠れない夜だって、大丈夫だと思えるように。
コト、と彼女が傍らにカップを置く音が聞こえた。
「…そうね、じゃあ」
「うん?」
「抱きしめてて、くれる?少しで良いから」
「――仰せのままに」
繋ぎとめた体温。
眠れない茨姫、君が望むなら朝までだって。
彼と彼女。
眠れないのはわたしです。
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