「…さびしい、」
がらんどうの部屋に風の音だけが響くよ。
さびしい場所だ、まるで此処は全てに見放されてしまったようだね。
「…寂しいよ」
貴方の世界に僕は存在しなかった。
取るに足りない、ちっぽけな端役にすぎなかった。
友人?そんな大それた役にはなれなかった。
ただの通行人。
貴方の人生に翳りも、祝福も、言葉すら残せなかった。
皮肉げに口の端を歪める。
ひゅるり、隙間風の音が耳に冷たかった。
「…言ってくれればよかったのに」
貴方から「お嬢さん」を奪う気など毛頭なくて。
たった一言告げてくれさえすれば、僕はこの密やかな恋心に一生蓋をできただろう。
そして笑って貴方の恋路を応援できたに違いない。
――だって、絶対的に大切だったのは恋よりも君でした。
「…言ってくれれば、僕に相談してくれればよかったのに」
それとも、相談もできないほどに僕は君に信用されていなかったのですか。
だとしたら何て淋しい話だろう、僕はずいぶんと尊大な自惚れをしていたらしい。
「…まるで道化だ」
あぁそうだ、考えてみれば最初から可笑しかったんだ。
僕が君の世界に存在するなんて、そんな夢を見てしまったところから。
分かっていたじゃないか、なのに僕はくだらない夢を見た。
君に必要とされるなんて、ご都合主義の甘い夢を。
「…まだ、間に合うだろうか」
小さな文机の引き出しには、一度も使っていない小刀があった。
そっと鞘から出して、月明かりに透かしては微笑む。
過去は変えられないけれど。
未来は変わることを知っていた。
たとえ今まで存在を残せていなくても、これから先君の心に根を張ることは可能だろうか。
僕はひどい人間だ、君が大事で、君の心が大事で。
だけど大事な君に、僕のことを一生刻み込みたいと願うのだから。
存在していたかったんだ、願えるならば君の世界の中に。
冴々と冷たい小刀を、首筋に当てて。
隣の部屋から漏れ射る明りに、少しだけ目を細めた。
「…どうか、ずっとずっと(憶えていてください)」
銀色の魚は、赤い川に溺れた。
…分かる人にはわかる夏目漱石の「こころ」の別解釈。
いろんな方向にすみません。
ほんとすみません。
でもすっごい楽しかった(笑)
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