駅前のカフェの特等席。
表に面したカウンター席から見える世界は、実にロマンに満ちている。
「(…おや、まぁ)」
ここから見える外の世界は、まるで丁寧に撮られた無声映画だ。
たくさんのたくさんの登場人物が、めまぐるしく入り捌けを繰り返していく。
僕はさながら映画監督のような気分で、その世界を眺めるのだ。
当たり前のように流れる、世界でたったひとつだけのうつくしい映画。
登場人物たちはみな鮮やかで、一人ひとりが「生きて」いるからこそこの景色に意味がある。
たくさんのキャスト、その中のひとりをカメラが捉える。
柱に寄り添うように立つ彼女は、綺麗な格好をして今からデートかな?
リボンのついた真新しい白いコートは、繊細な顔立ちの彼女によく似合う。
こんな中途半端な時間に待ってるってことは、早く着きすぎたんだろうな。
そわそわと落ち着きなさげにおろしたてのコートを引っ張っては髪を整える仕草が、なんだかとても微笑ましい。
「…」
カメラのピントを寄り添わせるように、じっと見つめる。
気付いた様子は微塵にもなくて、それが少し可笑しい。
不意に彼女は俯けていた顔を上げて、きょろきょろと辺りを見回す。
そして見知った顔がないことにどこか安堵したようにまた目を伏せて。
けれどすぐにケータイを開いて時刻を確認しては、早く着きすぎた自分を笑うように軽く喉を反らす。
「…落ち着きのないお嬢さんだ」
ちいさく笑う。
もう10分くらい待っているみたいだけど、苦にはならないのかな?
…あんなに可愛い彼女を待たせるなんて、罪なオトコだとは思うけど。
「…さて、」
わずかに残っていたコーヒーを飲み干して、僕は上着を羽織り立ち上がる。
ありがとうございました、の声を耳に硝子のドアをくぐった。
無声映画に、音が入る。
声が、足音が、溢れかえって洪水のよう。
たん、と足を踏み出して。
目指すのは―白いコートの似合う恋人。
「あっ」
僕に気付いて彼女がちいさく声を上げた。
それに手を振って応える。
「ごめんね、待った?」
「ううん、今来たところよ」
彼女は笑って、僕を騙せない嘘を吐く。
もちろん僕は騙された振りをして、冷えた彼女の手を取った。
「行こうか」
「うん」
無邪気にわらう恋人に、心の中で懺悔して。
愚かな道化は今日もまた、ルーチンワークを嘯いた。
あいしているのは確かに本当なのに。
こんな風に振る舞う僕は、酷く弱くて最低な男だ。
あぁ可哀想にね、僕の恋人。
こんな僕に愛されてしまったなんて。
「…ねぇ、」
「ん、どうしたの?」
突然彼女は僕の耳元に唇を寄せた。
思考の海に溺れた僕を、引き上げるような声。
微笑んだ口元をそのままに、嬉しそうにわらう。
「(――だいすき、)」
「っ…!?」
呼吸が、とまる。
「な…?」
「心配なんかしなくたって、此処にいるのに」
嗚呼、嗚呼。
見透かされたような笑顔に、当たり前のように差し出された奇跡に。
赦されたと思ってしまうのは間違いだろうか?
「…知ってるよ、」
言葉とは裏腹に、繋いだ手に、力をこめた。
同じように握り返された手に、泣きたくなったのは僕だけの秘密だ。
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