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※こころシリーズ。
「…世界にね」
「うん?」
「世界にね、愛おしいものが沢山あることは、とてもとても幸せなことだと思うんだ」
そう言って彼女は笑う。
俯き加減の笑顔。
しゃん、とか細い音を立てて、髪が肩から滑り落ちる。
「…そう?」
あたしは問い返す。
どうしてだろう。
どうしてこの娘は、こんな風に穏やかな顔をするのかしら。
「あたしは嫌だな。だって、その分失くしたら痛いし怖い」
「…臆病だね」
「そうかな」
臆病なんて、そんなこと。
彼女だって同じくせに。
言わなくても伝わったのだろう、彼女はもう一度笑う。
白い顔。
相変わらず顔色が悪いのね、とぼんやり思いながらその顔を眺めた。
「大事なものが手から落ちていくのは、怖いよ。あの絶望感、知ってるでしょう?」
「そうだね」
「あたしは、嫌。失くしてから気付いて、泣くことだってできやしない」
あの虚無感。
胸からせり上がる重苦しい感情に、喉をふさがれ。
呼吸すら上手く出来ないような気がして、それでも自分はまだ、生きていて。
絶望で自分が死ねないことが分かって、その事実がさらに絶望させるのだ。
あたし、は。
弔いの感情に、死ぬこともできない。
「…優しいんだね」
「知らなかった?」
彼女の言葉に、少し笑う。
嘘つき、優しくなんてないくせに。
あたしはただ、弱いだけ。
「…でも、ね」
それでも笑うのだ。
彼女は、目の前で。
淡々とした、口調。
言葉だけは早口なくせに、その裏側に流れる意思はひどくゆったりと歩みを進める。
そのアンバランスさは、だけどあたしも持っているもの。
「やっぱり、幸せなんじゃないかな。大切なものが、たくさんあるってことは」
「…そう言えるのは、良いことだと、思うけどね」
「ほら、そうやって突き放す」
悟ったように言う。
当り前、だってすべて知っているから。
あたしは彼女の、彼女はあたしの。
何もかもを知り尽くして、此処にいる。
「言ったでしょう、あたしはあなたが世界でいちばん嫌いだけど」
「世界でいちばん愛してる、そうでしょう?」
「なんだ、分かってるじゃない」
「そりゃあ、ね」
ゆるやかに道を外れては、気まぐれに元に戻る会話。
心地は良い。
セオリー通りにことが進むのは、あたしにとっては安心できるから。
それはきっと彼女も同じ、口元に笑みを浮かべたまま、視線を少しだけ下に向けて。
安心してる時の、彼女の癖。
「幸せなことだよ。あたしには、大事なものがたくさんある」
「…そう、」
「彼女らが居るから、あたしの世界は存在するの」
彼女の世界。
あたしの世界。
そこに在るのは、愛おしい誰かたち。
「君だって、好きでしょう?あたしの世界にいる、あの子たちのこと」
「…すき、だけど、」
「ほら、ね」
好きだよ、好きだけど。
失ってしまったら、あたしはどうすればいいの。
惑うように眼を向けたあたしに、彼女は笑う。
「足掻いてよ」
短い言葉。
困難なことを、簡単そうに言ってみせる。
「大切だって叫んでよ。愛しいよって泣いてよ。傍に居てって、ねだってよ」
愛してる、あいしてる。
そう言って、喚いて嘆いて叫んで、そうして言葉通り愛して。
そうしたら繋ぎとめられるとでも、言うのかしら。
「それは分からないよ」
「…無責任」
「そうだよ、あたしは無責任だよ?」
「知ってる」
「でしょう?…だけどね」
頬に触れる手は冷たい。
同じ温度。
あたしの手も、きっと冷たい。
そうして彼女の頬は、あたたかいのだ。
「だけど、告げることに意味があるんじゃないの」
みっともなく足掻いて、伝えることに。
意味があるとでもいうの?そうしたら傍に、繋ぎとめられるのだろうか。
願いばかりが溶けて、混ざって。
空気に霞む。
何もないこの、穏やかな世界に。
「…あいしてる、」
こぼれた言葉に、彼女は微笑う。
「…うん、」
「愛してる、大好き、失くしたくない」
「うん、」
「離れて行かないで、傍に居て、あたしの世界に、存在して」
言いたくないよ、醜い本音。
だけど必死に呟くあたしは、子供のまま。
世界に在る、彼女らが大切。
本当はずっと、此処にいてほしくて。
我儘なのは分かってる、だけどそれでも、あたしは。
「…あいして、よ」
「あいしてるよ」
それは、誰に言いたかった言葉なのかしら。
分からないまま、目を閉じる。
「大丈夫、世界はまだ、此処にあるよ」
耳元に落ちる声。
思うよりは高く、甘い声だ。
透き通る声には程遠い、だけど馴染みのある声。
それは、あたしと同じもの。
「…うん、」
瞳を開ける。
映るのは、青白い顔。
――あたしと同じ顔。
「…オリジナル」
「うん?」
あたしはあなた、あなたはあたし。
二人ぼっちは一人ぼっちで、一人ぼっちは二人ぼっち。
分かってるよ、これはただの夢でしかない。
嘘でしか、ない。
足掻く勇気すらない臆病者。
嘯いて笑って、小さな声で嘆いて。
そうしてまだ、世界を愛そうと祈るのだ。
「…ばかだね」
「分かってるよ」
愛した世界は、この中に。
(アイラブユー、アンド)
久々こころシリーズ。
最近ほんのり手を離れつつあります。
わたしとはもう、別次元で思考してるイメージ。
ばかだなぁ、と思います。
この子たちは。
一生懸命で、とてもおばかさん。
しょうもないなぁと思いながらも、でも見守るしかないのですよ、きっと。