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「そう言えば、デジャヴュって知ってます?」
唐突な声に、ふと意識を引き戻された。
顔を上げれば彼女がこちらを見つめていて、その瞳にやっと自分がどこにいたかを思い出す。
一度目を閉じて、それからゆっくりと微笑んで見せた。
「えーと、既視感、だっけ?知らない場所なのに来たことがあるような、っていう」
「えぇ、それです」
はじめて来た場所に覚えがある、会話の内容を確かに経験した気がする。
夢に見たとされるのが一般的らしいけど、それだってあやふやな物とも聞く。
どちらにしろ人間の脳の神秘、と括られてしまうような問題で、彼女がそんな話題を出してきたことがなんだか不思議でさえあった。
ゆっくり知識を手繰り寄せる。
何度か瞬きを繰り返した俺に向かって、彼女は含むようにして笑った。
「それでね、デジャヴュって実はドッペルゲンガーの記憶なんですって」
「…ドッペルゲンガー?」
懐かしい単語に目を細めた。
幼い頃はそういった都市伝説めいた話が好きで、テレビでやるとなると齧りついて見ていたからだ。
世界のどこかに存在する、自分と同じ顔の存在。
見ると死んでしまうとも聞くけれど、逢ったことはないから実際はどうなのかは分からないというのが本当だ。
でも確か「邪悪なもの」を意味するとも聞いたから、あながち間違ってはいないのかもしれない。
「それにしても珍しいね?君がそういう話をするなんて」
現実主義の彼女にしては珍しい。
揶揄するように問えば、彼女もおかしそうに笑う。
「いえ、ちょっと素敵だなぁって思ったんです」
「素敵?」
「もしもそれが本当なら、楽しいと思いませんか?」
デジャヴュはドッペルゲンガーの記憶。
ふたつの記憶が何かの拍子に薄くリンクして、それを共有しているのだとしたら。
「(…未だ逢わぬ、己の分身。いや…虚像、か?)」
どんなものかは知らないけれど。
もしかしたら、誰よりも近しい場所に居るのはその虚像かもしれない。
その想像は、なんだか甘美ですらある。
幼い夢物語の延長線上に位置するような、そんな空想ではあるけれど。
嗚呼だけど、もしかしたらその空想は。
…すこしだけ、孤独を癒すのかもしれない。
少なくとも、君の抱えた冷たい孤独の一端だけでも。
俺の考えてる事などお見通しらしい。
彼女は苦笑して、謳うように言葉を重ねる。
「…覚えのある痛みとか、切なさ。こみあげてくる郷愁や、突然の慟哭。そういったものが、何処かに居る『彼女』のものだとしたら」
そこで、目を閉じて。
世界の何処かにいるともしれない『彼女』に捧げるような面持ちで。
微笑んだ君は、一枚の宗教画のよう。
「…安心できる気がするんです」
あどけないほどの笑み。
取り残されてしまったことを、惜しむような悲しむような。
それを見た瞬間、身体の中を一陣の風が吹き抜ける心地を覚えた。
「…逢ったら、死んでしまうかもしれないのに」
「そうですね、だけどそれも悪くない」
「希薄だね、相変わらず…生きてるっていう実感そのものが」
「ふふ、私は欠陥品ですから」
そう言って彼女は時計を見上げた。
そろそろお互いに此処を出なくてはいけない時間のようだ。
名残惜しさを視線だけで伝え合い、それぞれ身支度を整える。
先にドアをくぐった彼女の背中に、俺は声を投げる。
「ねぇ、もし俺の分身に逢ったら」
「?」
振り向いたのは、笑顔。
聡明な君は、おそらく続きを知っている。
「…早く捕まえに行けって、忠告してやってくれる?」
「ふふ、じゃあ私の分身にもお伝え願えますか?もしも逢えたら、ですけど」
そして俺も、彼女の答えを知っている。
もちろん、少しの願いと期待を込めてはいるのだけれど。
あぁだけど、自惚れられるくらいには近くに居ると思ってもいいのだろう?
駆け引きとすら呼べない、罠の仕掛け合い。
見え透いたそれは、けれどやがて互いを縛りつける。
「…早く腹くくって捕まりなさい、ってね」
「了解、」
願わくば、どうか。
この言葉が目の前の君の心を揺らせていたら、とちいさく呟いた。