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「…吸血鬼になりたい」
「え?」
ちいさく笑みをこぼして、俺は立ち上がる。
きょとんとこちらを見上げる顔、その白く冷えた頬に指を滑らせた。
くすぐったいのか微かに身じろぎした彼女。
柔らかい茶色の髪が揺れて、俺の指をくすぐる。
「吸血鬼?どうしてまた?」
「んー…ちょっとね」
言いながら俺は彼女の座るソファに片膝を乗せて。
背もたれに手をついて、自分の身体で彼女を閉じ込める。
俺だって特別背が高いわけじゃないし、別に彼女だってそんなに小柄というわけでもない。
なのに、目の前のあどけない顔立ちのこの人が不意に小さく見えた。
「…俺は性格が悪いかな?」
この人を、できることならずっとずっとそれこそ永遠に。
守りたいと思ってしまったんだ、俺のこの腕で。
「…良いとは言いませんけど」
向けられた苦笑に同じ表情で返す。
すべてのものから隔離して、彼女をガラスケースにでも入れるようにして守ってやる必要なんてない。
事実彼女は俺に逢うまでの人生を、その身一つで生きて来たのだから。
それが出来る君を、無菌室に閉じ込める必要なんて、ない。
「(…あぁ、それでも)」
これは俺の我儘で、エゴだってことも知っている。
だけど俺は、この人をずっと。
手の中で守って、外から守って、そうすることで。
――俺だけのものにしたい、と。
「…」
「先輩?」
腕を折って、顔を近づけて。
細い髪をかきあげると、露わになる白い首。
彼女のつけた香水が、理性をぐらりと揺らす。
「…ねぇ」
「…なんですか?」
首筋を吐息がかすめてくすぐったいのだろう。
彼女は少しだけ、笑うような声音で答えた。
頬と同じく冷えた指が、俺の後ろ頭をゆるくかき撫でる。
「…もしも、俺が吸血鬼で」
「はい、」
「君に、噛みつこうとしていたら」
君は、どうする?
俺と一緒に、死ねない身体になってくれるのだろうか。
俺と一緒に、暗い夜を歩んでくれるのだろうか。
子供じみた空想に、俺は少しだけ己を嘲った。
何を言っているんだろう、と思う。
所詮は空想だ、なのにどうしてこんなことを考えて不安なんて覚えたのか。
手に入れるって言うのは、失うリスクも一緒に抱くってことなんだなといまさらのように思った。
別に他人には執着していないつもりだったけど。
思ったより俺は、君に触れて弱くなっているらしい。
「…ふふ、」
ふ、と。
唐突に耳元を、笑い声がくすぐった。
顔を上げようとすると、よわく、けれど抵抗を赦さないやり方で俺の頭を撫でる手に力がこもる。
「…そうですね、」
顔を見ずとも、今の君がどんな表情をしているかは容易く知れた。
呆けたように言葉を持つ俺、君はひどく軽く俺の耳にキスをする。
「連れて行ってくれますか?わたしのこと」
全部知ってるみたいな声。
顔は互いに合わせないまま、冗談みたいに言葉を重ねる。
「…無鉄砲」
「先輩には言われたくないです」
「…ばかだね、君は、ほんとうに」
言いながら、首筋にくちづけた。
君が笑ったのが分かる。
「…あいしてる、」
囁いた声は、きっと聞こえていた。
縋り合って、救いあって。
たがいに求めて、寄り添う二人。