※お花見ネタ。
前回のお話とは関係ありません。
ひらりひらり。
はらりはらり。
舞い落ちる桜の花びらが、掲げた杯の中に落ちて。
澄んだ美酒を、あわい桜の色に染める。
今宵は宴。
春の亡霊だって、きっと微笑むような夜。
+++
「ちょ、藍てめぇ!それ俺のたこ焼きだっつーの!!」
最後に残ったたこ焼きを弟に奪われて、青は叫び声を上げた。
それをものともせず、藍はつんと顔を背ける。
「知らなーい。だって名前書いてないしー」
「たこ焼きに名前が書けるかぁ!」
「そこはほら、頑張りなよ。にーさんならできるって!」
騒がしく(青が一方的に騒いでいるだけなのだが)言い合いを始める兄弟たちを見上げて、蓮が迷惑そうに二人の足元のカップを寄せる。
「ちょっとー、二人とも暴れて飲み物倒さないでよ?」
「蓮さん、気にするところはそこでしょうか?」
微妙にずれた発言に氷雨がツッコミを入れるが、蓮は優雅に笑うだけ。
分かっているんだなと察した氷雨は肩をすくめて、手の中のカップを揺らした。
二人の頭上、青が投げた空の紙カップが横切る。
「つぅか藍お前いっつも最後の一個奪いやがって…!」
「えー、にーさん細かい。そんな細かいこと気にしてるとはげるよ?」
「はげねーよ!」
「あ、ほらこの辺がちょっと薄く…」
「えっ、嘘!?」
はげに過剰反応するのは男の性。
咄嗟に指さされたあたりを押さえた青、それを見て藍が高らかに笑う。
「うっそだよー。なーに本気にしてんだよにーさんっ」
「藍…お前…!!ぜってー泣かす!」
「なーに、やる気?受けて立つよっ」
「ちょっと、お二方?落ち着いてくださいよ、危ないですし…」
氷雨が立ち上がりかけるが、聞く耳持たず。
いまにも取っ組み合いの喧嘩が始まると思われたのだが。
「もー、二人とも!」
「「!!」」
ぱこん、ぱこんと軽い音が二回。
振りかえった二人を怒ったような眼で見つめていたのは、今まで大人しく酒を飲んでいた風姫だ。
彼女は腰に手を当てて、さながら母親のように二人を叱りつける。
「めっ!!」
「…はい」
「すんませんでした…」
「分かればよろしい」
「あー…普段怒らない人間が怒ると、それだけで脅威だよねー」
その様子を見ていた蓮が、ふすりと笑う。
最初からぜんぶ分かっていたような表情。
これ見たさに蓮が二人を止めなかったのだと分かって、氷雨は心底からため息をついた。
切なそうな表情で空を仰いで、さながら悲劇のヒロインのように呟く。
「…どうしてわたしの周りってこんなに性格の悪い人間が多いのかしら?」
「ねぇ氷雨さん、類友って知ってる?」
「あら、存じ上げませんけれど」
にっこりと笑った顔はまるで鏡。
風姫、藍、青の三人は、何も言わずにそっと目を逸らした。
お前らがまさにその言葉を体現している。
…そんなこと、口が裂けても言えないけれど。
+++
「やー、若いって良いねぇ」
「…優も十分若いだろう?」
それをさらに一段離れたところで見ていたのは、年長組の二人。
優と蒼だ。
ふたりは微笑ましい(かもしれない)光景に、目を細める。
「ふふ、そうでもないよ。もうおっさんだよ?俺」
「そうか?そうは思えないが」
「…どーせ俺は童顔ですよっ」
「そんなことは言ってないさ」
童顔、というよりは品の良い綺麗な顔立ちをしているせいだろう。
なんとなく青二才、という印象を与えがちな優は、実は大人びた顔立ちの蒼が羨ましかったりもするのだ。
桜色の酒をすすり、微笑んだ口元はあわく。
「でも、なんだか夢みたいだな」
「夢?」
「こうやって、桜の下で酒飲みかわしてると」
言われてみれば、確かにそうだと優も思う。
朧な月が桜越しに光り、冷やされた風に花が散って。
すべてが一吹きでかき消えそうな世界。
嗚呼美しいな、とぼんやり思う。
「…俺としては、この場所にこうしてみんなでいられることが夢みたいだけどね」
「あぁ…そうだな」
本来であれば、交わることのなかった世界。
それがこうして交差して、柔らかな音楽を奏でるのだから。
なんとも素晴らしい話ではないか?
居るかも分からない神に、感謝してやってもいいと思えるくらいには。
「…乾杯とか、する?」
「そうだな、この世界に」
合わせた杯に、二人で笑って。
それから、落ち着きを取り戻した他の面々に目をやる。
「…あのさー、いっこ疑問なんだけど」
「どうした?」
まぁ、さすがにこの二人は二十歳を超えているだけあって。
彼らが酒を手にしている様子には違和感がない。
すい、と丁寧なしぐさで杯を空けて、優が問うた。
「…俺たち以外、みんな未成年のはずだよ、ね…?」
めぐらせた眼差しは、すでに諦めすら映している。
「あ、見てみて。水面に月が映ってる」
「ほんとだ。綺麗だね」
「こういうの、月を呑むって言うんだっけ?風流だよねー」
視線の先。
そこはさっきまでの騒がしさが嘘のように、穏やかさを取り戻している。
「美味しい」
「ね」
それこそ水でも飲むようにさらりと酒を飲みつつ談笑しているのは、風姫と蓮と藍の三人。
…断わっておくと、こいつらはこのメンバーの中で最年少。
当然のことながら法律上酒を飲んではいけない年齢のはずだが、彼らは気にした様子もない。
先ほどから顔色ひとつ変えずに、結構な度数のアルコールを淡々と消費している。
「…酔うって概念がないのかもしれないな」
「そんなあっさりと…!」
残念な蒼の回答に、優はそっと眼を伏せた。
けれど、本来だったら真っ先にこれをいさめるべきは軍人である優だったりもする。
自分のことはがっつり棚に上げているのは公然の秘密だ。
…良い子はマネしちゃいけません、えぇ絶対に。
「…おや、」
さらに視線をスライドさせて、蒼が意外そうな声を漏らした。
「ん?…あー…」
同じものを見て、優も笑った。
さっきから急に声が聞こえなくなったとは思っていたが、あぁまさに予想通り。
二人が膝を抱えて、幼い子供のように無防備な横顔をさらしている。
「…氷雨ー?ここで寝ちゃだめだよーさすがに」
「寝ませんよー…」
「…青、起きろ。酔いつぶれるにはまだ早いぞ」
「うっせー…酔ってねぇよ…」
ぼんやりと、眠たげに。
明らかに酔いのまわった眼をして、氷雨と青は頼りなく頭を揺らした。
一応受け答えはしているけれど、次第に生返事になっていくであろうことはたやすく予想がつく。
「…え、何これ?つぅか、誰?」
藍が頬を引き攣らせたのも無理はない。
氷雨の鉄壁笑顔の仮面も、青のくるくるとよく変わる表情も。
今はすっかりなりを潜めていて、まるで別人だ。
恐ろしいものでも見るような表情で、藍はそっと後ずさりする。
「…なに、この二人ってお酒弱いの?」
「えー、なんか可愛いねぇ」
逆に、蓮と風姫が新鮮そうに笑う。
もっとも不気味なくらい酒に強い二人から見たら、酔うこと自体が不思議なのかもしれない。
「んー、強くはない、ってとこ?」
「だな」
ものすごく意外なことに、この二人はアルコールに強くはない。
…まぁ周りが強すぎるというのもあるけれど。
それでも、平均よりはずっと弱い体質なのだろう。
今日だって、楽に杯数を重ねている藍たちの隣で、二人はそれぞれ一本か二本飲んだ程度だ。
微笑ましい、とはきっとこういう事を言うのだと思う。
慣れた手つきで、蒼は弟の頭を撫でてやる。
「…とりあえず、こいつらが風邪ひかないうちに帰ろうか」
「あ、じゃあ車呼ぼうか。うちに来なよ、それ抱えて帰るの大変でしょう?」
わりと庶民的なので(今日だってさきいかとか食べてた)忘れがちだが、一応蓮は良いところのおぼっちゃまだ。
さらりと出てきた車を呼び付ける発言に、思わず藍と優が目を丸くする。
「わー…初めて聞いた、そのせりふ…」
「ドラマの中だけだと思ってたよ」
「…なに、今のって僕バカにされた?もしかして」
一度不満げな顔をするけれど、すぐにそれをほどく。
怒ってなどいないのだ、ただこのやり取りが楽しいだけで。
けれど、電話でいちばん良い車で迎えに来るように言ってやろうと思ったのは内緒だ。
「ほら、氷雨?おいでー、おんぶしてあげるから」
「歩けます…だいじょぶ…」
「うん、歩けないよねー無理しないのー」
「離せよ…一人で歩けるッつの…」
「ねぇ蒼兄さん、中途半端に意識あるとうざいからこれ、オトして良い?」
「………やめてやれ」
「今の間は何?」
「…ねぇ、蓮?」
「なに?」
「…きれいね」
それぞれの会話に耳を傾けていた風姫が、楽しそうに微笑んで顔を上げた。
つられて蓮も微笑みを返し、彼女の見ている世界を見つめる。
「…そうだね、とても」
眼前に広がる世界。
桜は万開で、月は高く。
空気すらも甘くて、どこか優しくて。
「(あぁ、願っても良いのなら)」
彼らを取り巻くすべてが、幸福で在ればいいと思うのだ。
+++
ひらひら、はらはら。
風に舞い上げられた桜の花が、雪のように降り注いで。
微笑んだ彼の耳元。
春の亡霊が、囁いた。
(果てなき春の宴)
…なっがー!(お前)
なんかネタいっぱい詰め込んだらすごい長くなった…でも後悔はしてない。
椎さんがすごいプッシュしてたお花見ネタです。
この時機逃したらもう書けないからね!必死だったよ。
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