※カレとカノジョ。
夏ですね!
梅雨明けもまだだというのに、空気は熱くて。
夏直前のこの時期特有の、奇妙に高揚した温度を保ってくすぶっている。
珍しく晴れた休日、久しぶりにゆっくりご飯でも食べようと、出掛けた街は浮き足立つような色に染まっていた。
目に眩しいビビットカラーの隙間を縫いながら、隣の先輩とぐったり言葉を交わす。
「暑いですね…」
「ねぇ…やばい俺溶けそう」
熱をたっぷり吸収したアスファルト。
降り注ぐ日差しは夏のそれで、そろそろ日傘が欲しいなと目を細めた。
「もう夏ですねぇ…」
「ねー。空も、木も、服装もね」
含みのある言葉に、わたしは少し肩をすくめる。
おろしたての、夏物のワンピース。
どうやらデートの為に買ったのはばれていたらしい。
スカートがウエストからふわりと広がっている、白いワンピースだ。
実年齢を考えたら、これくらい可愛らしいのでも良いんじゃないのと年下の友人に勧められたもの。
その人形めいた美貌の彼女は、パフスリーブの茶色いブラウスを買ったんだっけと思いだす。
「夏ですから」
「…そうだね」
澄まし顔を返せば、苦笑が聞こえる。
そのままこつ、とサンダルが踏み込んだ一歩。
けれど急に繋いだ手を引かれて、つんのめるように足を止めた。
「先輩?」
「みて」
指された先を見て、あぁ、と小さく呟く。
綺麗にディスプレイされているのは、柔らかな藤色に撫子の咲いた浴衣だ。
「素敵ですね、浴衣」
「良いよね、如何にも夏って感じで。…着ないの?」
唐突に話を振られて、すこし理解までにタイムラグがあった。
それから、その在り処を考えるのにもう少し時間がかかる。
無意味に空を仰いで、それからゆっくり苦笑した。
「えーと…、たぶん、実家にあるとは思うんですが…」
「それ、送ってもらいなよ」
「え、何故に?」
思えば、馬鹿な切り返しだったと思う。
そのまま無防備に目線を向けたわたしに、彼はにっこりと笑って。
すい、と顔を寄せて、丁寧に囁くのだ。
「俺が、見たいから」
「…っ」
あぁ、しくじった。
こんな風に囁かれたら――断れないじゃないか。
咄嗟に俯くと、追い打ちをかけるように声が落ちる。
「ダメ?それ着て、花火とか見に行こうよ」
「…考えて、おきます」
普段ならこれは断るための常套句だけど。
彼に対してだけは別なのだ。
素直に頷くのが癪でついこぼれる、ひねくれた了承の意味で。
それを心得ているのだろう、先輩は綺麗に笑みを深める。
「どんなの?」
「…普通の、だと思いますよ?濃紺に、蝶々の柄の」
「そっか、楽しみにしてる」
「…まだ着るとは言ってません」
そう返せば、くしゃくしゃと髪を撫でられた。
分かっていると言わんばかりのその手つきに、少しだけ悔しくなるけれど。
「(…お母さん、まだ覚えてるかしら)」
次の休みは実家に帰って、母に浴衣の着方を教えてもらわなきゃいけない。
あの人も食えない人だから、きっとにんまりと笑ってからかいにかかるのだろう。
「…(でも、まぁ)」
それも悪くないと思えるくらい、魅力的なお誘いでは、ある。
目を向けた通りの向こう、わたしの浴衣の柄に良く似た蝶々が飛んでいた。
今日デパート行ったら浴衣が売ってました。
すごい可愛かった…店員さんが浴衣着ててきゅんきゅんしましたよ、えぇ!
浴衣って暑いですよね。
っていうか着物って暑いですよね。
でも好きです、見るの。
そういえば今元気に晴れてますが、梅雨ってどこに行ったんでしょうか?
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