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見上げた先に、揺れる春の亡霊。
「…あ、」
もうそんな時期なのか。
今日はひどく冷えるが、前日までの暖かさに気の急いたいくつかの桜が開いていて。
すぐそこまで近づいた季節に気付いて、一年はあっという間だと苦笑する。
めまぐるしく過ぎていく日々に、覚えた一抹の不安と焦燥。
歯噛みするほどの後悔もない、世界を呪うような悲しみだってない。
ちゃんと充実だってしていると、胸を張って言えるのに。
どうしてだろう、どこかに大切な欠片を取り落としてきたような気がするのは。
忘れてきてしまっては、いないだろうか?
もしかしたらとても大切な、何かを。
「(…考えすぎかな)」
…年を取ったのだろうか?
俺は肩をすくめて、裏にある桜並木をゆっくり歩く。
襟元を掻き合わせてでも速度を上げないのは、少しばかりノスタルジィな気分になっているからかもしれない。
俺には似合わないのにな。
あしたになったら忘れてしまうような今。
それを知ったからかもしれない、立ち止まることが怖いのは。
桜並木がもうじき終わるという頃、向こうから見知った人影が歩いてきた。
「先輩?」
丁寧に微笑んだのは、俺の後輩で恋人である女の子。
俺も微笑を返して、彼女に近づく。
「どうしたの、こんなトコで」
「散歩、っていったら信じます?」
「女の子が危ないよ?すぐに暗くなるんだから」
軽くたしなめるが、彼女はどこか楽しそうに笑って。
ゆるりと瞳を巡らせて、二三開いた桜の花を見上げる。
桜の花は彼女には似合わないな。
唐突に、そんな事を思った。
甘そうなくせに、冴え冴えと冷えた瞳。
確かな現実だけそこに映しては瞬いた。
夕暮れ時、たなびく雲のように淡い声で君は言う。
「…桜がうつくしいのは、この時間ですよね」
想像したのは、もう少し先の情景だ。
菫色の空に映える、儚く白い花が作り出す。
どこまでも冷たく甘く、一吹きで砕けそうな均衡に保たれた春の園。
嗚呼確かに、この世界はうつくしい。
「…そうだね」
「桜が満開になったら、見に行きましょう?一緒に」
努めて明るく出したと思しき声で、君は俺を見上げた。
少しだけ先の約束が好きな彼女。
君が望むなら、もっともっと先にある約束だってしてやれるのに。
ギリギリの一線を口にしない君が、少しだけ憎らしい。
「…俺と君と、二人で?」
「わたしと貴方と、二人で」
「熱い紅茶を持って?」
「それから美味しいお菓子も持って」
他愛もない言葉遊び、それでも君は嬉しそうに笑うから。
目を上げて視界に入れたのは、満開の桜の花。
それは、少しだけ先に在る未来だ。
君のいる世界は、きっと何より綺麗なのだろう。
「…そうだね、また来よう」
「約束ですよ」
交わした指切り、君の手は冷たくて。
そのまま握って、俺は帰り道に足を向ける。
「お花見の前に風邪でも引かれたら困るからね、そろそろ帰ろう?」
「はーい」
すっかり暮れた空の色。
俺は振り返って、春の亡霊に手を振った。
(咲き始め、宴のはじまり)
どこまで続くか分からないけど桜の開花に合わせてお話を進めてみような企画、かもしれない。
今日咲いてるのを見かけたので、とりあえず書いてみた。
第一弾はカレとカノジョです。
固定かもしれないし、変わるかもしれないという適当さでスタートします。
見切り発車万歳!(笑)
※今回はちょっと毛色の違うカレとカノジョのお話です。
『相談があるんです』後輩のその言葉に乗ったのがそもそもの間違いだったのだ。
小奇麗なバーで持ちかけられたのは、相談ごとではなく陳腐な告白。
ずっと好きでしたと耳元で囁かれて、冗談抜きにわたしは鳥肌を立てた。
意識すらしていなかった人間にパーソナルスペースに立ち入られるのは、酷く不快だ。
カウンターの上、まるで恋人のように重ねられた手が、硬くこわばる。
やめて、やめてよ。
わたしは貴方に、それを許した覚えはない。
「…わたしに恋人がいるのは、知ってるよね?」
「えぇ、もちろん」
「ごめんなさい、彼と別れて貴方と付き合う気はないから」
それでも微笑んで告げたのは、わたしなりに丁寧にことを運ぼうと思ったから。
神妙な顔をして悩みがあると持ちかけたのは嘘だったのか。
恋の悩みです、なんて少女漫画じゃあるまいし。
小さく笑って、わたしは椅子を蹴る。
「それじゃ、また明日」
「――先輩、」
「な、に…っ?」
刹那、視界が揺れた。
身体を支えようと伸ばした腕を、とらわれる。
なに、これ。
まるで――酔ったみたいだ。
「ちょっと、」
「すみません、先輩の飲み物に強めのアルコール、混ぜさせてもらいました。お酒弱いんですね、ちょっと意外だなぁ」
「それっ…犯罪…っ」
気付かなかった、と舌打ちが漏れた。
言われたとおり、わたしはアルコールにさほど強くない。
床が柔らかくなったような感覚に、今度こそわたしは血の気を引かせた。
「…酔わせて、どうする気?」
「いえ、ちょっと前言撤回していただこうかと」
「既成事実でも造る気なの?」
にこり、と後輩が笑う。
絶対思っちゃいけないのに、頭の奥で怖いと思った。
力じゃ、勝てない。
回らない頭で、どこまで渡り合えるかも分からない。
怖い、怖い怖い怖い――助けて、先輩。
「…強姦は犯罪って、知ってた?」
「合意をさせれば良いんでしょう?」
「わたしの恋人も悪友たちも、怒らせると怖いよ?わたしに手を出したなんて知れたら、どうなると――」
「ねぇ、先輩」
ぐ、と顎を持ち上げられて、瞳を覗きこまれて。
恐怖に薄く顔を引き攣らせたわたしが、彼の瞳に映る。
怖がるな、怯えるな。
立場が、弱くなってしまう。
「まともに歩けなくて、僕の腕に縋って。この状態でホテルに行ったら、誰だって先輩が合意したんだって思いますよ。むしろ、酔った先輩に付き合わされた僕が被害者に映るかも」
頭の芯が、冷える。
わたしの様子を楽しそうに眺めて、さらに彼は言葉を吐いた。
「…だぁいすきな彼氏に、軽蔑されたくないですよね?」
「…なぁに、わたしを…脅してるつもり?」
「いいえ?取引ですよ、これは」
取引、ね。
ふざけてわたしがよく使う言葉だけど、まさかこんなところで返されるとは。
しかも、わたしには正しい形でのリターンがないなんて本当に最低だ。
「彼氏と別れて僕と付き合ってくれるなら、このまま手は出さずに帰してあげます。それが厭なら、僕と既成事実、作りましょう?」
「…性格悪い」
「性格の悪い男がお好みでしょう?」
「君に対しては、そんなこと言った覚えはないけど」
ねぇ、出ましょう?
そう言われて腕を引かれたら、わたしは歩むしかなく。
この小奇麗な瞳をぶっ潰してやりたい、心底からそう思う。
外に出ると、冷えた夜の空気に一瞬状況を忘れそうになった。
「先輩、そろそろ決めてくれました?」
にっこりと、薄い笑い。
肌が粟立つ、耳鳴りがする。
怒りなのか恐怖なのか、キリ、と胃が痛んだ。
「…全部、今までの会話録音してるって言ったら、どうする?」
「嘘ですね。貴女は僕に警戒していなかった、警戒心を抱いていない相手にわざわざそんなこと、します?しませんよね、合理主義で無駄を嫌う貴女ならなおさらだ」
ハッタリも一蹴される。
だめだ、読まれてる。
せめてアルコールが入ってなければ、と警戒の薄い自分をつくづく恨んだ。
舌打ちするのと同時、肩を抱くのとは逆の手で、柔く頬に触れられる。
漂ったのは、あの人のよりも甘めの香水。
たったそれだけで、わたしの恐怖は細かく逆なでされていく。
「大人しく、僕と付き合うって言ってくださいよ。そしたら、怖いことなんてしませんから」
あんたのその笑顔が既に怖いっての。
指に噛みついてやろうか、半ば本気でそう思った時――ぐっと、逆側から肩を引かれた。
「っ!?」
「ねぇ、何してんの?俺の恋人に」
耳慣れた声と、温度。
顔なんて上げなくったって分かる。
「せん、ぱい…?」
「こいつと一緒に出た、って聞いたから。…こんなとこで、何してんの」
冷えた笑顔。
けれどたった今までわたしの肩を抱いていた後輩は、へにゃっと人好きのする笑顔を浮かべた。
「よかったぁ、先輩が酔っちゃったんで、どうしようかと思ってたんですよ。連絡入れようとしたところにちょうどいらしたから、助かりました」
「…」
「良かったですね、先輩。御迎えがきて」
今の段階では、彼の言葉を否定する材料がない。
酔った頭でわたしが述べた事実よりも、恐ろしく回転の速い頭で彼が述べる嘘の方が、よほど信憑性があるのだろうから。
ぐ、と唇をかんだわたしを、後輩は笑顔で見下ろす。
「それじゃ、僕はここで」
「…っねぇ君、」
「先輩、」
伸ばした腕を、わたしが制す。
「…大丈夫です、ごめんなさい。……帰り、ましょう?」
怖かった。
相手が、何を持っているか分からないのが。
物質的なものじゃなく、彼の頭の中に一体どれだけの情報が入っているのか、分からない。
しかも、その情報はわたしにとってはとんでもなく不利なものだと悟っている。
「…分かった、」
先輩が、何か考えるような顔で頷いた。
俯いたままのわたしの頭を、いつもと変わらない手つきで数度撫でる。
それが、たまらなく安堵するのと同時に――どうしようもなく、泣きたくなった。
ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい。
何に対しての謝罪なのかは、分からないけれど。
くす、と小さな笑い声が耳に飛び込んだ。
「…じゃあ、今度こそ失礼します」
また明日。
そう言って後輩は会釈する。
人ごみに彼の背中が消えるのを、怨念すらこもった眼でわたしは確認した。
「…大丈夫だから」
ぐっと、頭を抱きしめられた。
よく知っている香水の香りに、わたしはやっと深い呼吸をする。
「…先輩、」
「帰ろう。今日は一緒に居るよ」
わたしが話せないのを分かっているのだろう。
何も聞かないで、彼はただ肩を抱く手に力を込める。
追及されて、詰られたって可笑しくないのに。
気遣いに、涙が落ちそうになる。
「…シャワー浴びて、ゆっくり休もう。君が眠るまで、ちゃんと傍に居る」
「…ごめん、なさい」
「謝らないで」
わたしが縋ることを赦してくれるこの人の優しさが、酷く胸に痛かった。
カレのカノジョ、続かないシリアス。
鬼畜で腹黒い後輩を書いてみたかった。
…でも書いてるあいだ、ものすっごく楽しかったのは内緒です。