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書きたいものを、書きたいときに、書きたいだけ。お立ち寄りの際は御足下にご注意くださいませ。 はじめましての方は『はじめに』をご一読ください。
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    時計塔で逢いましょう。

    「わたしね、今日お友達と会ってきたんです」

    君にしては珍しい、年相応に弾んだ声と晴れやかな表情。
    にっこりと作り笑いを浮かべる方がよほど得意で上手な彼女にしては、かなり貴重かも。
    そう思ってつい見つめると、彼女は何かを察したらしくすぐにつんと澄まし顔を作って見せた。

    「…先輩。いま、失礼なこと考えたでしょう」
    「んーん、別に?それで、どうだったの?」
    「…少々納得がいかないのですが」

    膨れた顔に笑みを返す。
    それでも君は赦してくれると思えてしまうのだから。

    一呼吸おいて、君はゆっくりと言葉を選ぶ。

    「今日が終わったら。もしかしたら、もう会えないのかなって、思ってたんです」
    「…その友達と?」
    「えぇ。…なんていうか、距離とか頻度がそのまま、心にだって影響するんじゃないかって」

    確かに、それは考えられると思う。
    合う事が減ればそのまま疎遠になってしまうことだって山ほどあるだろうし、親しくもない人間ならばそれが当然ともいえる。
    けれど、彼女がこんなに愛おしそうに幸福そうに語る人のことだ、きっと彼女はその人の事が大切で。
    そもそも、こうやって心を砕くことこそがその証だろう?

    「…君は、逢いたいんだろう?この先だって、その人に」
    「えぇ、もちろん、もちろんです。…ただ、何て言うのかな、怖かったんです、細い細い縁が、切れちゃうんじゃないかって」

    逢わなくなること、逢えなくなること。
    同じ場所にいたからこそ紡いでいられた縁を、失うことが怖いのだと君は言う。

    考えてみればこの子はまだ子供なんだ。
    いまさらのように思い出す。
    同じ場所で同じ制服を着て、同じ時間を共にした誰かを世界にしていて当然だ。

    三年間。
    俺の知らない彼女は、その短い月日をとても大切に想っているのだろう。
    だから失うのが痛くて、辛い。
    それはもちろん当然で、だけどこんな風に決別を恐れる必要はないと思うんだ。

    「…でも、ね」

    不意に、君が微笑む。
    綺麗な顔。
    こういう顔を当たり前のように見せるから、俺は君を大人のように思ってしまう事があるのだ。

    「なんか、酷く当然みたいに。また会う約束が交わされて。あぁ、わたしこの人の世界に居ても良いんだなって」

    少しだけ先の約束。
    君がそれを好きな理由は、そうやって繋いでいくことで永遠になるのを願っているからで。
    なかなか人を信じられない君は、なるべく確かな約束を紡ごうとする。

    「…ばかだね、君は」

    俺は笑って、近くに在る頭をくしゃくしゃとかき乱した。

    「ちょっと、何を…っ」
    「俺の可愛いお馬鹿さん。どうして君はすぐに耳をふさいでしまうの?」

    あぁ、なんてお馬鹿さんなんだろうね?君はすぐに聞こえなくしてしまう。
    ほら、ちゃんと聞いて、分かるだろう?
    君が想うよりずっと、君は世界に人に愛されているってこと。
    そして君が愛する人だって、世界に愛されているんだってこと。

    だって、君が大切だと思った人なんだから。

    「君が繋ぎたいと思う縁なら、きっとその向こう側の人だってそれを望んでいるよ」

    声に乗せると、君はひどく不思議そうな顔をした。

    「…そんな単純なものでしたっけ」
    「単純なものだよ」

    考えたってどうしようもなくて、答えなんてでないことは。
    せめて自分が痛くないように、そう思ったって罰は当たらないんじゃないの?
    無理やりポジティブに考える必要はないけれど、かといって自分を痛めつける必要はないから。

    「それに、俺は悲しいよ。君に、俺が君を嫌ってるなんて思われたら」
    「…あ、」
    「気がついた?」

    だって、大好きな人に嫌ってるなんて、思われたら悲しいじゃないか。
    やっと君は思い至ったらしく、くすぐったそうに笑った。
    それを目にして、俺はこれが見たかったんだと思い知る。

    「…ごめんなさい」
    「ん、よろしい」

    次に君がその人に会うとき。
    華やかな笑顔で、思い切り手を振って再会できたらいい。



    リンク追加記念!っつってもたいしたお話書けなかったけど!!
    なんか、そのうちもっとちゃんとしたの書いて送ります…うん、なんか考えておけばいいと思う。
    淋しがりカノジョに代役してもらいました、今回は。

    ありがとうございましたー!
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    君のこと。

    ※ギャグっぽいカレとカノジョ。
    テンションがおかしい。


    「♪君のこと みっくみーくにしーてやんよーっ♪」

    「…実は君ってニコ廚だよね?」

    「うわ!?…いつからそこに居たんですか、びっくりした…入るならノックしてくださいよ」

    「あはは、ごめん」

    「っていうかニコ廚って…や、否定はしませんが」

    「しないんだ」

    「な、なんですか?良いじゃないですか好きなんですよワールドイズマインとかっ」

    「うん、知ってる。可愛いよねー、あの歌」

    「…なんか、裏があります?なんですかさっきから」

    「えー、俺って信用ないなぁ。ただなんとなく、嬉しいなーって思っただけ」

    「…わたし、たまに先輩の趣味が分かりません」

    「え、酷くないそれ?」

    「だって性格悪くてかわいくない女の子が好きだと公言したり、可愛くって女の子って感じの子は苦手だって言ったり、挙句の果てにはヲタク彼女がお好みですか?残念なことに大部分当てはまってしまうあたりが申し訳なくもあるんですが」

    「わぁ珍しく早口っよく言えたね!」

    「ねぇ先輩わたしのこと馬鹿にしてます?してますよねちょっと表に出ますかコノヤロウ」

    「だからー、そうじゃないってば。なんかこの流れ前もやった気がするよ?」

    「それは先輩が意味の分からないことばかり仰るからですよ」

    「ほら、だって君って相っ当な猫被りじゃない?」

    「…そこに力こめられるとちょっと複雑なんですが」

    「その君が俺の前では猫被らないんだな、って思ったらすっごい優越感なんだってば」

    「…オトコのロマンですか?」

    「俺のはちょっと特殊だと思うけどね」

    「特殊すぎます」

    「最初はフツーの子演じてたじゃん。カラオケも可愛い感じの曲選んでたし」

    「…乙女のたしなみです」

    「はいそこ目逸らさないのー」

    「さすがにいきなりボカロは歌いませんよ…一応それなりに可愛い曲の練習もしないと、フツーの女の子とかとカラオケ行ったとき困りますし。…なにより、日常生活ではいろいろ取り繕ってますから」

    「あーうん、見事に演じてるよねぇ。…でもかなりクラッとくるポイントだと思うけどね?オトコとしては。この子の可愛いとこ知ってんのは俺だけなんだって思うのは」

    「そういうものですか?」

    「だってめちゃくちゃに惚れてるんだから、どんなとこだって愛しいと思うよ」

    「…恋は盲目?あばたもえくぼ?」

    「なーんで素直にときめけないのかなこの子は」

    「や、今のでどうときめけって言うんですか」

    「…耳あかい(つんつん)」

    「それは暖房が利きすぎてるからです(しれっ)」

    「ふーん?まぁそういうコトにしといてあげても良いけど」

    「先輩はドSなのかドMなのかそろそろハッキリするべきだと思います」

    「あー、SとMって両立するんだよ」

    「しなくていいですよっ」

    「そして君はツンなのかデレなのかハッキリするべきだと思うんだけど」

    「…99パーセントツン、とかでも良いですか?」

    「淋しがりで甘えたがりな君に出来るならね」

    「…良いですよ先輩にデレてなんかあげませんからっ!!」


    (どうなるカノジョ!?)



    …すみませんほんとちょっと遊びすぎましたでもすっごい楽しかった!(お前)
    ハルヒの動画を見たんです、そしてツンデレって可愛いなって思ったんです…。
    ちなみにカノジョはボーカロイドならミクが好き(聞いてないよ)

    どうなる、とか言っといて多分続きません(笑)

    春の亡霊。

    見上げた先に、揺れる春の亡霊。

    「…あ、」

    もうそんな時期なのか。
    今日はひどく冷えるが、前日までの暖かさに気の急いたいくつかの桜が開いていて。
    すぐそこまで近づいた季節に気付いて、一年はあっという間だと苦笑する。

    めまぐるしく過ぎていく日々に、覚えた一抹の不安と焦燥。
    歯噛みするほどの後悔もない、世界を呪うような悲しみだってない。
    ちゃんと充実だってしていると、胸を張って言えるのに。
    どうしてだろう、どこかに大切な欠片を取り落としてきたような気がするのは。

    忘れてきてしまっては、いないだろうか?
    もしかしたらとても大切な、何かを。

    「(…考えすぎかな)」

    …年を取ったのだろうか?
    俺は肩をすくめて、裏にある桜並木をゆっくり歩く。
    襟元を掻き合わせてでも速度を上げないのは、少しばかりノスタルジィな気分になっているからかもしれない。

    俺には似合わないのにな。
    あしたになったら忘れてしまうような今。
    それを知ったからかもしれない、立ち止まることが怖いのは。

    桜並木がもうじき終わるという頃、向こうから見知った人影が歩いてきた。

    「先輩?」

    丁寧に微笑んだのは、俺の後輩で恋人である女の子。
    俺も微笑を返して、彼女に近づく。

    「どうしたの、こんなトコで」
    「散歩、っていったら信じます?」
    「女の子が危ないよ?すぐに暗くなるんだから」

    軽くたしなめるが、彼女はどこか楽しそうに笑って。
    ゆるりと瞳を巡らせて、二三開いた桜の花を見上げる。

    桜の花は彼女には似合わないな。
    唐突に、そんな事を思った。
    甘そうなくせに、冴え冴えと冷えた瞳。
    確かな現実だけそこに映しては瞬いた。
    夕暮れ時、たなびく雲のように淡い声で君は言う。

    「…桜がうつくしいのは、この時間ですよね」

    想像したのは、もう少し先の情景だ。
    菫色の空に映える、儚く白い花が作り出す。
    どこまでも冷たく甘く、一吹きで砕けそうな均衡に保たれた春の園。
    嗚呼確かに、この世界はうつくしい。

    「…そうだね」
    「桜が満開になったら、見に行きましょう?一緒に」

    努めて明るく出したと思しき声で、君は俺を見上げた。
    少しだけ先の約束が好きな彼女。
    君が望むなら、もっともっと先にある約束だってしてやれるのに。
    ギリギリの一線を口にしない君が、少しだけ憎らしい。

    「…俺と君と、二人で?」
    「わたしと貴方と、二人で」
    「熱い紅茶を持って?」
    「それから美味しいお菓子も持って」

    他愛もない言葉遊び、それでも君は嬉しそうに笑うから。
    目を上げて視界に入れたのは、満開の桜の花。
    それは、少しだけ先に在る未来だ。

    君のいる世界は、きっと何より綺麗なのだろう。

    「…そうだね、また来よう」
    「約束ですよ」

    交わした指切り、君の手は冷たくて。
    そのまま握って、俺は帰り道に足を向ける。

    「お花見の前に風邪でも引かれたら困るからね、そろそろ帰ろう?」
    「はーい」

    すっかり暮れた空の色。
    俺は振り返って、春の亡霊に手を振った。

    (咲き始め、宴のはじまり)


    どこまで続くか分からないけど桜の開花に合わせてお話を進めてみような企画、かもしれない。
    今日咲いてるのを見かけたので、とりあえず書いてみた。
    第一弾はカレとカノジョです。
    固定かもしれないし、変わるかもしれないという適当さでスタートします。

    見切り発車万歳!(笑)
     

    今夜君は僕のもの。

    「いつまでも愛してる 今夜君は 僕のもの」

    気に入りの雑貨屋さんで流れていた音楽が、不意に口をついて出た。

    「今夜君は 僕のもの」

    辿るのは、柔らかく耳に馴染む、どこか甘やかな唄声。
    店内はカバー曲ばかりが流れていたから、たぶんこれも誰かの歌をアレンジしているものなのだろう。
    雰囲気からして、元は男の人が歌っているのかもしれない。
    ただ、わたしはそのぬくもりのある歌姫の声が気に入っていた。

    「さよなら言うよ 虚ろな恋に」
    「いつまでも離さない 今夜君は 僕のもの」

    知っているところだけを、繰り返しなぞる。
    何度も出てくる同じフレーズは、愛おしくうつくしい。

    …曲調は穏やかで、可愛らしかったけれど。
    歌詞から考えると、別れの曲なのかもしれないと思う。

    あしたの朝からは、他人に戻る『僕』と『君』。
    だけど今夜は、今夜だけはきっとまだ恋人同士で。
    そうして繰り返すのは、泣きたいくらいに透き通った愛の言葉。
    ――今夜君は、僕のもの。

    「今夜君は――」
    「何を歌っているの?」
    「っ」

    いつの間に後ろにいたのだろう。
    肩口に彼の声が落ちて、わたしは驚いて振り返る。
    予想以上に近い距離に、大きく心臓が跳ねた。

    「…驚いた」
    「ごめん、びっくりさせた?」

    笑って彼はわたしから離れる。
    急に温度を失った背中が、寒々しいと思ってしまった。

    「どうしたの?」
    「…いえ、」

    優しい声に、わたしは笑って首を振る。
    センチメンタルなんて似合わない、淋しいなんて思ったらだめだ。
    考えてしまったら欲張りになる、どんどん空っぽになってしまう。
    縋ったら立てなくなるの、知っているでしょう?

    「さっきの、なんて歌?」
    「さぁ…お店で流れていただけだから、分からないんです」
    「ふぅん…もう一度歌ってよ」

    …わたしは、そんなに歌が上手いわけじゃない。
    というか、音痴の部類に入ると自信を持って言えたりも、する。
    音域があるわけでもなく、高音も低音も綺麗には歌えないから。

    だから、困ってしまうのだ。
    こんなふうに、改めて歌ってなんて言われてしまうと。

    「えー、嫌ですよ恥ずかしい」
    「良いじゃない、俺は聞きたい」

    こういう時に優しげに瞳を覗き込むのはずるいと思う。
    躊躇って迷って悩んで、わたしは目を伏せる。
    間近で笑った彼の吐息が、わたしの睫毛を揺らした。

    「…仕方ないね」

    す、と耳元に唇を寄せられる。
    キスされるのかしら、そう思ってつい目を閉じた。

    「――今夜君は、僕のもの」
    「っ!」

    けれど、飛び込んだのは甘い声。
    しっとりと熱を持ったそれに、意識せず肩が震えた。
    どうして良いか分からず固まったわたしを、彼は楽しげに見下ろす。

    「そうでしょう?」

    淋しい気持ちも、言えないまま固まった甘える言葉も。
    何でだろう、どうしてこの人には見つかってしまうの?
    泣けないわたしを、その声はゆらゆらと誘う。

    「…今夜、だけですか?」

    言えたのは、可愛くないと自分でも思ってしまうような言葉だ。
    ここでうるんだ上目遣いでも出来ればよかったのにとつくづく思う。
    素直そうに見せている外見とは裏腹に、わたしは本当に意地っ張りだ。

    頑なに眼を逸らすわたしの頭を、くしゃくしゃにして貴方は笑う。

    「…ほんとう、可愛いね俺の恋人は」
    「…皮肉にしか聞こえませんよ?」
    「淋しがりなくせに、意地っ張りで素直じゃないんだから」

    与えられたのは、恭しい手の甲へのキス。
    お姫様のようだ、考えたら頬が熱くなるのを感じた。
    表情は取り繕えても、上昇する体温はごまかせない。
    こんなところで素直になっても嬉しくない。

    「…いつまでも君は 俺のもの」

    それを分かっているのだろう。
    余裕めいた声が、わたしの熱を煽る。
    上がった熱は、しばらく冷めそうにもない。

    融解マスカレイド。

    ※今回はちょっと毛色の違うカレとカノジョのお話です。



    『相談があるんです』後輩のその言葉に乗ったのがそもそもの間違いだったのだ。
    小奇麗なバーで持ちかけられたのは、相談ごとではなく陳腐な告白。
    ずっと好きでしたと耳元で囁かれて、冗談抜きにわたしは鳥肌を立てた。

    意識すらしていなかった人間にパーソナルスペースに立ち入られるのは、酷く不快だ。
    カウンターの上、まるで恋人のように重ねられた手が、硬くこわばる。
    やめて、やめてよ。
    わたしは貴方に、それを許した覚えはない。

    「…わたしに恋人がいるのは、知ってるよね?」
    「えぇ、もちろん」
    「ごめんなさい、彼と別れて貴方と付き合う気はないから」

    それでも微笑んで告げたのは、わたしなりに丁寧にことを運ぼうと思ったから。
    神妙な顔をして悩みがあると持ちかけたのは嘘だったのか。
    恋の悩みです、なんて少女漫画じゃあるまいし。
    小さく笑って、わたしは椅子を蹴る。

    「それじゃ、また明日」
    「――先輩、」
    「な、に…っ?」

    刹那、視界が揺れた。
    身体を支えようと伸ばした腕を、とらわれる。
    なに、これ。
    まるで――酔ったみたいだ。

    「ちょっと、」
    「すみません、先輩の飲み物に強めのアルコール、混ぜさせてもらいました。お酒弱いんですね、ちょっと意外だなぁ」
    「それっ…犯罪…っ」

    気付かなかった、と舌打ちが漏れた。
    言われたとおり、わたしはアルコールにさほど強くない。
    床が柔らかくなったような感覚に、今度こそわたしは血の気を引かせた。

    「…酔わせて、どうする気?」
    「いえ、ちょっと前言撤回していただこうかと」
    「既成事実でも造る気なの?」

    にこり、と後輩が笑う。
    絶対思っちゃいけないのに、頭の奥で怖いと思った。
    力じゃ、勝てない。
    回らない頭で、どこまで渡り合えるかも分からない。
    怖い、怖い怖い怖い――助けて、先輩。

    「…強姦は犯罪って、知ってた?」
    「合意をさせれば良いんでしょう?」
    「わたしの恋人も悪友たちも、怒らせると怖いよ?わたしに手を出したなんて知れたら、どうなると――」
    「ねぇ、先輩」

    ぐ、と顎を持ち上げられて、瞳を覗きこまれて。
    恐怖に薄く顔を引き攣らせたわたしが、彼の瞳に映る。
    怖がるな、怯えるな。
    立場が、弱くなってしまう。

    「まともに歩けなくて、僕の腕に縋って。この状態でホテルに行ったら、誰だって先輩が合意したんだって思いますよ。むしろ、酔った先輩に付き合わされた僕が被害者に映るかも」

    頭の芯が、冷える。
    わたしの様子を楽しそうに眺めて、さらに彼は言葉を吐いた。

    「…だぁいすきな彼氏に、軽蔑されたくないですよね?」
    「…なぁに、わたしを…脅してるつもり?」
    「いいえ?取引ですよ、これは」

    取引、ね。
    ふざけてわたしがよく使う言葉だけど、まさかこんなところで返されるとは。
    しかも、わたしには正しい形でのリターンがないなんて本当に最低だ。

    「彼氏と別れて僕と付き合ってくれるなら、このまま手は出さずに帰してあげます。それが厭なら、僕と既成事実、作りましょう?」
    「…性格悪い」
    「性格の悪い男がお好みでしょう?」
    「君に対しては、そんなこと言った覚えはないけど」

    ねぇ、出ましょう?
    そう言われて腕を引かれたら、わたしは歩むしかなく。
    この小奇麗な瞳をぶっ潰してやりたい、心底からそう思う。

    外に出ると、冷えた夜の空気に一瞬状況を忘れそうになった。

    「先輩、そろそろ決めてくれました?」

    にっこりと、薄い笑い。
    肌が粟立つ、耳鳴りがする。
    怒りなのか恐怖なのか、キリ、と胃が痛んだ。

    「…全部、今までの会話録音してるって言ったら、どうする?」
    「嘘ですね。貴女は僕に警戒していなかった、警戒心を抱いていない相手にわざわざそんなこと、します?しませんよね、合理主義で無駄を嫌う貴女ならなおさらだ」

    ハッタリも一蹴される。
    だめだ、読まれてる。
    せめてアルコールが入ってなければ、と警戒の薄い自分をつくづく恨んだ。
    舌打ちするのと同時、肩を抱くのとは逆の手で、柔く頬に触れられる。

    漂ったのは、あの人のよりも甘めの香水。
    たったそれだけで、わたしの恐怖は細かく逆なでされていく。

    「大人しく、僕と付き合うって言ってくださいよ。そしたら、怖いことなんてしませんから」

    あんたのその笑顔が既に怖いっての。
    指に噛みついてやろうか、半ば本気でそう思った時――ぐっと、逆側から肩を引かれた。

    「っ!?」
    「ねぇ、何してんの?俺の恋人に」

    耳慣れた声と、温度。
    顔なんて上げなくったって分かる。

    「せん、ぱい…?」
    「こいつと一緒に出た、って聞いたから。…こんなとこで、何してんの」

    冷えた笑顔。
    けれどたった今までわたしの肩を抱いていた後輩は、へにゃっと人好きのする笑顔を浮かべた。

    「よかったぁ、先輩が酔っちゃったんで、どうしようかと思ってたんですよ。連絡入れようとしたところにちょうどいらしたから、助かりました」
    「…」
    「良かったですね、先輩。御迎えがきて」

    今の段階では、彼の言葉を否定する材料がない。
    酔った頭でわたしが述べた事実よりも、恐ろしく回転の速い頭で彼が述べる嘘の方が、よほど信憑性があるのだろうから。
    ぐ、と唇をかんだわたしを、後輩は笑顔で見下ろす。

    「それじゃ、僕はここで」
    「…っねぇ君、」
    「先輩、」

    伸ばした腕を、わたしが制す。

    「…大丈夫です、ごめんなさい。……帰り、ましょう?」

    怖かった。
    相手が、何を持っているか分からないのが。
    物質的なものじゃなく、彼の頭の中に一体どれだけの情報が入っているのか、分からない。
    しかも、その情報はわたしにとってはとんでもなく不利なものだと悟っている。

    「…分かった、」

    先輩が、何か考えるような顔で頷いた。
    俯いたままのわたしの頭を、いつもと変わらない手つきで数度撫でる。
    それが、たまらなく安堵するのと同時に――どうしようもなく、泣きたくなった。

    ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい。
    何に対しての謝罪なのかは、分からないけれど。
    くす、と小さな笑い声が耳に飛び込んだ。

    「…じゃあ、今度こそ失礼します」

    また明日。
    そう言って後輩は会釈する。
    人ごみに彼の背中が消えるのを、怨念すらこもった眼でわたしは確認した。

    「…大丈夫だから」

    ぐっと、頭を抱きしめられた。
    よく知っている香水の香りに、わたしはやっと深い呼吸をする。

    「…先輩、」
    「帰ろう。今日は一緒に居るよ」

    わたしが話せないのを分かっているのだろう。
    何も聞かないで、彼はただ肩を抱く手に力を込める。
    追及されて、詰られたって可笑しくないのに。

    気遣いに、涙が落ちそうになる。

    「…シャワー浴びて、ゆっくり休もう。君が眠るまで、ちゃんと傍に居る」
    「…ごめん、なさい」
    「謝らないで」

    わたしが縋ることを赦してくれるこの人の優しさが、酷く胸に痛かった。



    カレのカノジョ、続かないシリアス。
    鬼畜で腹黒い後輩を書いてみたかった。
    …でも書いてるあいだ、ものすっごく楽しかったのは内緒です。


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    祈月 凜。
    年齢:
    34
    性別:
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    1990/10/10
    職業:
    学生。
    趣味:
    物書き。
    自己紹介:
    動物に例えたらアルマジロ。
    答えは自分の中にしかないと思い込んでる夢見がちリアリストです。
    前向きにネガティブで基本的に自虐趣味。

    HPは常に赤ラインかもしれない今日この頃。
    最近はいまいちAPにも自信がありません。
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