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「――は、」
嗤う。
耳に響いた声は、聞いたことがないくらい弱々しくて。
まるで自分の声じゃないみたいだと思った。
「…な、さけな…」
情けなくて、不甲斐なくて、涙も出ない。
いつからわたしはこんなに弱くなったのかしら。
はやくあの人に釣り合うような大人になろうと思って、想って。
なのにわたしはちっとも変われていないことに今日、気付く。
わたしは聞き分けのない子供のままだ。
どんなに澄まして大人っぽく振る舞っても、肝心の内面は、ぜんぜん変わってない。
演技ばかりが巧くなって、小奇麗な外装ばかりが出来あがって。
嗚呼、嗚呼、なんてことだろう?
「みっともない、な…」
…どういうわけか、昔から物事に淡白だとばかり思われてきた。
他人に興味もなければ、執着もしない。
嫉妬とか独占欲からは程遠い。
そんな風に思われていたし、自分からそのイメージを壊すこともなかったのだけど。
「(…ほんとうは、)」
ぜんぜん、違う。
そんなできた人間じゃ、ない。
独占欲も執着心も人一倍、いつだって理由はわたしで在ってほしい。
四六時中一緒に居ろと要求するつもりはさらさらないけど、私が想うのと同じくらい相手にもわたしのことを考えていてほしい。
わたしのせいで泣けばいい、わたしの為に笑えばいい。
そんなふうに、思ってしまう。
我儘で、嫉妬深くて、醜くて。
ほんとうは、そんな最低な人間なのだ。
「…ばかみたい」
だけど、それがみっともないことくらい知っている。
幻滅されるのも、突き放されるのも怖かった。
だから聞き分けの良いふり、物わかりのいい恋人のふり。
独占欲も嫉妬心も、おくびにも出さないようにして。
そうやって、自分への言い訳ばっかりが積もっていく。
はやく大人になりたかったの。
貴方に釣り合うような大人に、なりたかった。
なのに、それなのに。
あの人が綺麗な女の人と話していて、それだけでわたしの脆弱な精神は惨めなくらいにぐらぐら揺らいで。
逃げるみたいに、その場を去ってしまった。
「ばか、みたい、…ばかみたい」
痛い。
いたい痛いイタイ。
痛くていたくて、たまらなかった。
言い訳で退路を塞いだ心臓が、軋んで叫んで張り裂けそうだ。
大人になんかなりきれない幼い子供のわたしが、恨みがましい目で見上げる。
閉じ込めて飼い慣らしてきた罰がこれなら、ずいぶん手酷い一撃だ。
「ふ、ふ…ほんと、どうしようも、ない…」
醒めた笑い声ばかりが、空虚に響いた。
「あれ、」
「なんです?」
「いや、出かけなかったの?今日遊びに行くんじゃなかったっけネズミの国」
「あー…いえ、わたしは、用事があったから。っていうかネズミの国ってやめてくださいよ生々しい」
「でも事実でしょ?…残念だったね、楽しみにしてたのに」
「…別に、気にしてませんよ。わたし一人に予定合わせさせるわけにもいきませんし」
「…嘘つき。凹んでるくせに」
「煩いです」
「否定しないんだ?」
「したって無駄って知ってますから」
「素直じゃないなぁ」
「素直なわたしなんて気持ち悪いだけですよ?」
「たまにはいいと思うけどね。…ほら、おいで」
「?」
「…落ち込んでるみたいだから慰めてあげるって言ってるの。察しなよそれくらい…」
「あははすみません。…じゃあ、ちょっと、だけ」
「おいでよ、全部聞くから」
「…別に、もう子供じゃありませんから。気になんてしてません、ほんとうに」
「…うん」
「ただ、なんていうか昔っから、わたしこういうのは運ないんですよね。イベントがあるときって、たいてい体調崩したり、仲間外れにされたり」
「あぁ…緊張すると眠れないしね、君」
「それで次の日ふらふらしてたりとか。だから、慣れっこなんですよ行けないのも、待ってるのも。…でもちょっとだけ、淋しかった」
「…別に、行けないことが淋しいんじゃないんだろ?そりゃ、行けた方がずっと良かったに違いないけど」
「えぇ。…わたしのこと、誰も気にかけてはくれないんだろうなって、思ったら悲しかったんです。あぁ結局のところわたしは『その中』には居ないんだろうなぁって」
「友達が嫌いなわけでも、嫌われてるわけでもないのは分かってるんだよね」
「もちろんですよ。…でもきっと、誰もわたしのこと、思いださなかったと思うんです」
「そんなことないよ、って言っても、信じないよね」
「…そうですね。たとえ事実と反しても、わたしがそう見てしまったらわたしにとってはこれが真実ですから」
「…なまじっか自分の世界が明確で理論だってると、こういう時に困るね?思考で雁字搦めになってる」
「…ごめんなさい」
「ん、ごめん怒ってないよ。続けてくれる?」
「…嫌われては、居ないと思うし…仕方のないことだし、どうしようもないっていうのもちゃんと分かってます。ただ、淋しいなって思ったら止まらなくて、世界もわたしも終わっちゃえば良いなって」
「頭では分かってても、心がしんどいこともあるんじゃないの」
「…嫌ですね、そういうのは。分かってるならその通り動きたい」
「それじゃただの人形だよ」
「それでも良いなって思ったんです。できることなら人形になりたかった」
「…思いつめたね、また」
「そうでもありませんよ。…ただ、そうやっていじけたり、彼女らのことを羨んだり、そういうこと考える自分が情けなくて不甲斐なくて。こんなわたしだから、置いて行かれちゃうのかなって、思ったりして」
「…考えすぎだよ。自分でも分かってるんだろう?」
「悲劇のヒロイン気取っちゃって、ばかみたい。自分のこと最低って罵って、誰かに否定して欲しくて。だけどその言葉だって信じられないくせに、わたしは本当に我儘」
「はい、ストップ」
「…先輩?」
「自分のこと苛めたって、良いことないよ。それよりは優しい言葉の一つでもかけてやれた方が良い。…ただでさえ、君は自分のこと嫌ってるんだから」
「…分かって、ますけど」
「だったら、自分を責めるのは今日だけでも止めにしよう。それよりゆっくりお風呂にでも入って、泣きたければきちんと泣いて、それから明日のこと考えよう」
「…わたし、あの子たちに会ったら、ちゃんと笑えるかな。暗い顔は、もう見せたくないんです」
「…大丈夫だよ。そのためにも今日はちゃんと休もう。ね?」
「…はい」
「良い子だ。…大丈夫、ちゃんと整理がついたらいつもみたいに笑えるよ」
お題消化作。
「…わたしが死んだら、わたしのこと忘れてくれますか?」
「なに、それ?」
穏やかな声には似つかわしくない言葉だ。
顔を上げると、君はいつものように微笑んでいる。
白い顔に、淡く浮かべられた笑顔。
君の得意な、うつくしく何もかもを拒絶する表情。
小首を傾げれば、彼女はより一層その笑みを深めた。
「ずいぶん、唐突なことを言うんだね」
「思考って基本的には突発的なものじゃありませんか?」
「君の場合はアクロバティックすぎるよ」
彼女の思考は一見酷く理論的で順序だっているように見えるけれど、時折恐ろしいくらいに飛躍する。
けれど彼女の中ではそれは矛盾することなく当然のように隣り合っていて、今でも俺は置いてきぼりにされることがしばしばだ。
「ねぇ、忘れてくれます?」
…こういうときだけ、甘えるように擦り寄ってくるのはずるいと思う。
尤も、彼女もそれを分かっているのだろう。
もちろん俺が分かっていることすらも。
「…君は、忘れてほしいの?」
逆に問う。
彼女はゆっくりと頷いた。
「えぇ、できることなら、完璧に」
多分、それは、嘘だ。
ゆがんだ形でしか表に出ることがない、彼女なりの本音。
忘れられるのが怖いくせに、君はそう言う。
「…そう」
忘れられる存在なのだと。
己を諦めてしまいたいのだろう。
傷つけて突き放して、責め立てることでしか君は自分を守れない。
酷く不器用で正しくはないやり方での、防御。
けれどそうでもしないと、君の心は折れてしまうから。
笑顔で造った仮面、それだって彼女にとっては必要不可欠な武装。
それを不幸とも思わない、悲しい君の強さが好きだ。
「…でもね、」
俺も微笑んで彼女の顔を覗き込む。
一瞬怯んで腰を引きかけた彼女の腕を捕らえて、逆に引き寄せて。
至近距離、色素の薄い彼女の瞳に笑ったままの俺が映る。
「忘れてあげない」
言い放つ。
君は弱々しく笑った。
「…ほんとうに、意地悪ですね」
「知らなかったの?」
「いいえ、改めて実感しただけです」
嗚呼、それでも。
この声は。
君の心に、届いたのだろうか?
「ことある毎に思い出してあげるよ」
「やめてくださいよ」
こつん、と頭を小突かれた。
その手さえ掴んで強く抱き寄せると、君が小さく息をのむ。
今この瞬間だけは、世界に俺達しかいないんだと思いたかった。
だから泣いても良いとか、そんな優しい言葉は俺にはかけられないけれど。
それでも君を忘れたくないと願う人間が傍に居ること、それだけ君が覚えてくれていればいいと。
「…先輩、」
「うん?」
忘れないで、わたしのこと。
囁かれた声、返事の代りに抱きしめる腕に力だけ込めた。
「…吸血鬼になりたい」
「え?」
ちいさく笑みをこぼして、俺は立ち上がる。
きょとんとこちらを見上げる顔、その白く冷えた頬に指を滑らせた。
くすぐったいのか微かに身じろぎした彼女。
柔らかい茶色の髪が揺れて、俺の指をくすぐる。
「吸血鬼?どうしてまた?」
「んー…ちょっとね」
言いながら俺は彼女の座るソファに片膝を乗せて。
背もたれに手をついて、自分の身体で彼女を閉じ込める。
俺だって特別背が高いわけじゃないし、別に彼女だってそんなに小柄というわけでもない。
なのに、目の前のあどけない顔立ちのこの人が不意に小さく見えた。
「…俺は性格が悪いかな?」
この人を、できることならずっとずっとそれこそ永遠に。
守りたいと思ってしまったんだ、俺のこの腕で。
「…良いとは言いませんけど」
向けられた苦笑に同じ表情で返す。
すべてのものから隔離して、彼女をガラスケースにでも入れるようにして守ってやる必要なんてない。
事実彼女は俺に逢うまでの人生を、その身一つで生きて来たのだから。
それが出来る君を、無菌室に閉じ込める必要なんて、ない。
「(…あぁ、それでも)」
これは俺の我儘で、エゴだってことも知っている。
だけど俺は、この人をずっと。
手の中で守って、外から守って、そうすることで。
――俺だけのものにしたい、と。
「…」
「先輩?」
腕を折って、顔を近づけて。
細い髪をかきあげると、露わになる白い首。
彼女のつけた香水が、理性をぐらりと揺らす。
「…ねぇ」
「…なんですか?」
首筋を吐息がかすめてくすぐったいのだろう。
彼女は少しだけ、笑うような声音で答えた。
頬と同じく冷えた指が、俺の後ろ頭をゆるくかき撫でる。
「…もしも、俺が吸血鬼で」
「はい、」
「君に、噛みつこうとしていたら」
君は、どうする?
俺と一緒に、死ねない身体になってくれるのだろうか。
俺と一緒に、暗い夜を歩んでくれるのだろうか。
子供じみた空想に、俺は少しだけ己を嘲った。
何を言っているんだろう、と思う。
所詮は空想だ、なのにどうしてこんなことを考えて不安なんて覚えたのか。
手に入れるって言うのは、失うリスクも一緒に抱くってことなんだなといまさらのように思った。
別に他人には執着していないつもりだったけど。
思ったより俺は、君に触れて弱くなっているらしい。
「…ふふ、」
ふ、と。
唐突に耳元を、笑い声がくすぐった。
顔を上げようとすると、よわく、けれど抵抗を赦さないやり方で俺の頭を撫でる手に力がこもる。
「…そうですね、」
顔を見ずとも、今の君がどんな表情をしているかは容易く知れた。
呆けたように言葉を持つ俺、君はひどく軽く俺の耳にキスをする。
「連れて行ってくれますか?わたしのこと」
全部知ってるみたいな声。
顔は互いに合わせないまま、冗談みたいに言葉を重ねる。
「…無鉄砲」
「先輩には言われたくないです」
「…ばかだね、君は、ほんとうに」
言いながら、首筋にくちづけた。
君が笑ったのが分かる。
「…あいしてる、」
囁いた声は、きっと聞こえていた。
縋り合って、救いあって。
たがいに求めて、寄り添う二人。