[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
目の前にいる人物が、信じられなかった。
「や、っと…見つけ、た…っ」
荒い息の間に絞り出された言葉は、酷く切なげで狂おしげで。
わたしはただ呆然と、彼の背中を見つめた。
汗で湿ったシャツ、普段の彼からは到底想像もつかないような。
「どう、して…?」
「どうして、じゃ、ないよ…!」
喧嘩をして、飛び出した。
行き先も言わなかったし、けれど別に心配されるとはさほど思っていなかったのだ。
だってわたしはこの人には敵わない。
わたしの行動範囲なんて知れたものだし、結局わたしがこの人のところにしか帰れないこともよく知れていて。
だからこんな風に、はじめて見るような必死さで以て探されるなんて夢にも思わなかったのだ。
「探し、たんだよ…っ」
「わたし、を…?」
ぽつり、呟くように返す。
…元はと言えば、これが、原因だったのだけど。
理解されているといえばその通りなのだろう、けれども何をしたって妬いてもくれないのが、どうしようもなく淋しかった。
居なくなったら心配して欲しかった、探してほしかった。
わたしのこと、見つけにきて欲しかった。
子供じみた我が儘だって、もちろん分かっているのだけれど。
子供のわたし、大人の貴方。
余裕のないわたしと、いつだって余裕顔な貴方。
その差があまりに歴然としていて、悔しかった、…悲しかった。
だから、だけど。
心配なんてされるはずない、そう思いながらも飛び出した。
「だって、なんで…どう考えたって、勝手に飛び出したわたしが悪い、のに…っ」
貴方が探す必要なんてどこにもない。
勝手に怒って、勝手に飛び出して。
頭が冷えたら勝手にまた帰ってくるのだ、本当は心配される必要だって、ない。
なのに、なのに――。
「探しに…きて、くれたんですか…?」
「…当たり前、だろう…?」
呼吸がようやく落ち着いたらしく、彼が折っていた上体をゆっくりと起こす。
熱を持ったてのひらが、わたしの冷えた頬に触れた。
「心配したよ。怖く、なったよ」
「ごめん、なさい…」
「居なくなったら探すよ、見つけに行くよ」
走り回らせてしまったのだろう、彼の首筋を汗が伝う。
動かないでいたせいで寒さすら覚えたわたしとは、対照的に。
汗をかくのが嫌いだと公言する彼、みっともなく足掻いたり、無駄に労力を注ぐことなんて、大嫌いなはずなのに。
「俺が、探しに行かないと思った?」
「…だって、わたしの行動パターンなんて、知れているでしょう?」
「確かに、ね。予想くらいは、立てられるよ」
「だったら、」
「…それでも、心配するよ。だって君は、俺の恋人だろう?」
開きかけたくちびるを制された。
貴方はちいさく笑う。
「…君は、自分のことを。無価値で必要のない女の子だと思ってるみたいだけど」
何も言えなかった。
わたしは、反論する言葉を持っていない。
ただ彼の顔を見上げて、彼もわたしを見下ろして。
「…ちゃんと、必要だよ。君が此処から居なくなったら、俺は泣くよ」
「ごめ、ん…なさい…」
「――帰ろう?待たせたね」
意識せず、涙が落ちた。
子供じみた我儘、その向こう側に在るのは、淋しすぎる心。
見透かされて、暴かれる。
嗚呼やっぱり、わたしは貴方には敵わない。
「た、だい…ま…」
「うん。…おかえり」
繋いだ手。
今度こそ、体温は溶けあった。
カレとカノジョ。
カノジョが珍しく行動派、かつ素直です。
迷子になったら探してほしいんだと思います。
我儘だって、困ったちゃんだって分かってはいるけれど。
そう思ってしまうくらい、淋しいことってあるんだと思いませんか。
「女の子が苦手」
苦手なものっておありですか、そう尋ねられて俺が返したのはその答え。
当然のことながら、彼女は複雑そうに眉を寄せる。
露骨に顔を顰めたりしないあたりがなんとも彼女らしいとは思うのだけど。
「…えーと…それは、あれですかわたしの性別をお忘れですか…?」
「あはは、まさか」
「あぁ分かりました遠まわしな嫌みですかコノヤロウ」
「違うってば」
もちろん嫌みだとか皮肉だとか、そういうんじゃないってことは彼女もよく分かっているのだろう。
その証拠に、ドライに歪めた表情をすぐにほどく。
…もっとも、彼女が訝るのも無理はないんだけど。
彼女は当然『オンナノコ』だ、性別も、もちろん年齢的にも。
「…や、わたし割と自分では女の子だと思ってるんですけど」
ふんわりと巻かれた栗色の髪、白い肌。
Aラインの膝丈のスカートに、エナメルのストラップシューズ。
曲線で構成された身体、俺よりずっと低い位置にある頭。
どこからどう見ても君は女の子だし、それもとても女の子らしいと言えるだろう。
「うん、そうだね」
「なのにその『オンナノコ』の前で苦手とか言います?普通」
やっぱり先輩は性格が悪い、そう彼女は可笑しそうに笑う。
うん、そこなんだ俺が君を好きな理由。
皮肉家で厭世家、中途半端な絶望と諦め。
それでも見捨てられない、優しさ故の脆弱な精神。
「なんていうの、女の子特有の真っ直ぐさとか、だめ」
「…なかなかに手厳しいことを仰いますね」
「綺麗じゃん、女の子って。中身はどうか知らないけどさ」
丁寧に作りこまれた危うさ、可憐さ。
女の子、であることを知っている横顔。
時に残酷で強かで、それでも最後には愛らしく在ることが絶対条件のような。
「世界に期待してる気がするんだ、彼女たちは」
「期待、ですか?」
「楽観的、っていうのとはまた違って、結局は世界が自分に優しいって思いこんでるところが苦手なんだ」
「…分かるような、気もしますけど」
言ってから、君は薄く笑う。
「まぁ、わたしも女の子の一員ですし。そんなこと言ったら可笑しいですけどね」
「でも、君は期待している?世界に対して」
「さぁ?どうでしょう」
君は違うよ、と俺は心の中で笑った。
最後の最後に、君は世界を突き放す。
その悲しいくらいの潔さが、とても愛おしい。
「…俺は君が好きだよ」
「ありがとうございます」
にこり、互いに笑った口元はよく似ている。
白い首筋に揺れる、微かな後悔と嘲笑。
「わたしはお眼鏡に適った、ってことですか?」
「そんなとこ。もっとも、例え君が『女の子』だとしてもやっぱり俺は君になら恋してたと思うけどね」
「あら、嬉しいことを言ってくださいますね」
嘘みたいな駆け引きは、その実多大に本心を含んでいるのだ。
俺も彼女もそれくらい分かっているし、分かっていることを知ってもいる。
だから笑うんだ、歪な合わせ鏡みたいに。
「…わたしも、先輩のこと好きですよ」
「ありがと、嬉しいな」
世界に絶望した者同士、寄り添って傷を舐め合うのも悪くはない。
お題消化作。
あれ可笑しいなもっと明るくする予定だったんだけどな…!?
カレとカノジョは相当テンションあげないと暗くなります。
っていうか性格が悪くなります。
ほんとはもっと良いコたちです。
………たぶん。
「…あれだよね、」
「はい」
「実は君、ブラックコーヒー嫌いだろう」
問うた瞬間、彼女の表情があからさまに気まずそうに歪められた。
「…別に、飲めないわけじゃ」
「うん、それは知ってる」
「…嫌いじゃないですよ、そんな、子供じゃないですから」
そう言って顔をそむけて、手の中のカップをもてあそぶ。
真っ白いカップの中、舐めるように揺れるのは真っ黒なコーヒー。
砂糖もミルクも入っていないものだ。
「…基本的に甘党だもんね」
「辛いものよりは、ずっと」
「飲めないなら飲めないって、言えばよかったのに」
「飲めないわけじゃありませんってば」
子供扱いを心底嫌がる彼女は、けれど時々こんな風に子供っぽいこだわりを見せる。
言動も考え方も振る舞いも、実年齢や見た目よりもずいぶんと大人びているにもかかわらず、だ。
だけど実際のところ、所謂オトナの証明みたいなものは、てんでダメなのも知っていた。
タバコが苦手で、お酒にもそれほど強くなくて。
ほら今だって、意地を張ってなにも入れなかったブラックコーヒーを持て余している。
三分の一も減っていないコーヒーは、君を試すみたいにゆらゆら揺れて。
「…(こういうとこが可愛い、なんて)」
もちろん、言ってやらないけれど。
大人びた彼女が見せる、子供っぽい横顔が実はものすごく好みだなんて言ったら、きっと怒られてしまうから。
冷たく睨まれて「馬鹿にしています?」なんて言われるに違いない。
…まぁ、そんな怒った顔ももちろん好きなんだけど。
「…飲まないの?それ」
「飲みますよ」
我ながら意地が悪い。
にやりと笑ってカップを示せば、つんと君は顎を上げて。
一瞬思い定めた顔をすると、カップの残りを一気に呷った。
「潔いなぁ…ほんとうに」
「っ…ごちそう、さまでした」
そう言って彼女はにっこり笑う。
あぁもう、意地になっちゃって。
だけど此処で素直に「飲めません」と言わない彼女が好きなのだ、たおやかに見えてどこまでも意地っ張りな彼女の事が。
「…」
それでもやっぱり苦かったらしく、彼女は眉を少しばかりしかめた。
可愛いなぁ、と呆けたように思う。
…うん、相当、やられてるかも知れないな、俺。
「よくできました」
「…先輩、なんか腹立たしいんで一回殴っていいですか?」
「えー、やめてよ酷いなぁ」
くすくす笑いながら綺麗に空になったカップを彼女の手から取り上げた。
どうして彼女がこんなに「大人っぽさ」に拘るかなんて、もちろん理由は分かっているのだ。
…別に、そんなに気にすることじゃないと思うんだけどね?
君がこだわるというのなら、俺はどこまでだって付き合うけれど。
「…じゃあ頑張ったご褒美に美味しいロイヤルミルクティーを淹れてあげるよ」
立ち上がってからのカップを二三度降った。
彼女はぱっと微笑んで、けれどたちまち困ったように眉を下げた。
手放しで喜んでいいものか、逡巡するように喉をそらす。
もうひとつ、見つけたと俺はそっと笑う。
「…ありがとう、ございます…?」
「いいえ、ちょっと待っててね」
…君が努力して、俺の為大人であろうとするのなら、俺はそれを壊してあげるよ。
無理しなくていい、そう言えばきっと君は無理なんてしていないと返すから。
だから、不意打ちで。
まるで偶然のように、君の造り上げた仮面を外してあげる。
つんと澄ました余所行き顔ももちろん麗しいけれど、驚いたり怒ったり笑ったり、そうして覗く年相応な君だって酷く可愛らしいんだ。
ぜんぶ見たいんだよ、なんて、言い訳にならないだろうか?
「…素直じゃないね、俺も大概」
素直じゃない君と俺。
だけどきっと、熱いロイヤルミルクティーを淹れたら君は無邪気に笑うだろう。
そうしたら少しだけ、俺も素直になってもいいかもしれない。
(真っ直ぐ目を見て『好きだよ』と、そう囁くのも悪くない)
お題消化作。
ひねくれ者同士なカレとカノジョのおはなし。
優しい人で在りたい。
優しくなんてなれない。
「…結局、何が正しいのかなんてわかったものじゃありませんね」
吐き捨てるように。
呟いたのは彼女だ。
その明るい茶色の瞳には顔を上げた彼のことは映っていないようで、何もない床ばかりを空虚に彷徨う。
皮肉げに釣り上げた口の端、早口に言葉が押し出されていく。
「どこまで考えて良いのかなんてわからないんですよ。他人の痛みを自分のそれみたいに感じてしまうのって、もしかしたら恐ろしいくらいの依存かもしれなくて。だけど泣いてる人間を見てまったく心を痛めないのだって、異常なことかもしれなくて。どちらに転んだって、それって心が病んでるんだとは思いませんか」
こういう時、たぶん彼女が答えを求めていないこと。
彼ももう分かっているから、音楽のように流れていく彼女の言葉にだけ耳を傾けた。
「わたしには何もできないことくらい分かっているんです。それこそ、祈ることくらいしか。それを歯がゆく思うのだって、きっと間違っている」
「…どうして、間違いなの?」
「だって、何も、なにもできないのに。力になんてなれなくて、気の利いた励まし一つ言えなくて。どうしようもないことだってもちろんあるけど、わたしの力が足りないことだってそれこそ山ほどある。力になれないわたしが悪いのに、なのに…っ」
…彼女はいつもこうだと彼は思う。
考えて、考えて、答えのない迷路に迷い込んで。
思考の海に溺れてしまう。
そのくせ自虐意識だけは人一倍に強いのだ、考えすぎて行きついた先で結局彼女は自信を責める以外の選択肢を見失う。
それがあまりにも優しいからなのか、それとも彼女が言うように心が可笑しな方向に歪んでしまっているからなのか。
彼には分からないし、彼女にだって解らない。
それでも、ただ。
こうやって思いつめて思い込んで泣くときに。
彼女の心には祈りしか映っていないこともよく知っていた。
「…他人の痛みを自分の痛みとして受け止めるのは、度が過ぎれば間違いだって言うのも分かってます。だったら切り離して、他人の痛みになんて頓着しなければいいのかって言われたら、それだって間違いで。わたしには、どうして良いか分からないんです」
折り合いの付け方なんて忘れてしまった。
踏み込んでいい距離、取らなければいけない距離。
いつからか自信なんて持てなくなっていた。
ふ、と。
彼女がわらう。
痛々しさすら滲んだ笑顔だ。
諦めたくて諦め切れない君の、唯一持っている表情なのかもしれない。
「…だから、思うんです。『全部うまく回りますように』って。それしか、わたしには想えないから」
自分が願った誰かが、別の誰かのことを祈る。
そうやって繋がって巡っていけば、と途方もないことを考えたこともあった。
わたしの大切なあの人の、あの人の大切な誰かの、その誰かの大切な別の誰かの。
願いが、祈りが、思いが、叶えばいいと。
そんな夢物語を考えることは、間違っているのだろうか?
「…わたしの心は、歪んでいるのかもしれませんね」
困ったように笑った彼女の髪を、彼はそっと梳いた。
途方もなく愚かで脆く、弱い。
けれど泣きながら誰かのことを祈る彼女のことを。
――祈るのが、自分で在ればいいとだけ、想う。
お題消化作。
シリアス、っていうか暗い。
彼女は弱いのか優しいのか、どっちなんでしょうね実際。
「あ、」
「先輩?」
小さな呟きにわたしはゆっくり顔を上げる。
窓の外を見ていた彼はわたしに視線を向けて、にっこりと笑った。
「見て、雪だよ」
言葉のとおり、白くあかるい空からちらちらと雪が降っていた。
道理で冷えるわけだ、とちっとも温まらない両の手を擦り合わせる。
ついでにふる、と身体まで震えて、それを見た彼が苦笑する。
「寒い?」
「えぇ、とても」
それでも際限なく降り注ぐ真っ白な花には少し心が跳ねた。
はらはらとはらはらと、まるで永遠みたいに。
積もるかしら、とぼんやり思った。
「雪は嫌いじゃありませんけど、積もると困りますね」
「相変わらず情緒がないなぁ」
「歓声でもあげましょうか?」
「あはは、見てみたい気もするけどね」
残念なことに、わたしは白い雪に目を輝かせて『わぁ、綺麗!』なんて言えるような可愛らしい女の子じゃない。
それが出来るならこんな皮肉っぽい言葉じゃなくて、もっと気の利いた答えを返しているわ。
「子供の頃、雪が降るとはしゃがなかった?」
その声に、は、と意識を引かれる。
目の前の彼の微笑は変わらず穏やかで、わたしも少し口の端を上げてそれに応えた。
「そうですね、わざわざ傘をささないで出かけたりとか」
「積もると雪合戦したり?」
「雪だるまも作りましたよ」
雪合戦に、雪だるま。
もうずいぶんと懐かしい響きだ。
今でこそこんな風にお嬢さん然として振る舞って入るけれど、昔は結構なおてんばだったのだ。
かつてわたしと遊んだ彼らは、今元気かしらと少しだけ笑う。
「…でも、雪を見ると少しだけ淋しくなりますね」
雪はさっきよりも勢いを増して、窓の外を白く染めていく。
白く、ひたすらに白く。
音もなく降り積もって、世界を埋めていく。
それは酷く、淋しい光景だと思っていた。
「それは、溶けるから?」
「それもありますけど、何て言うのかな…」
上手く言えないふりをして笑う。
今日のわたしは妙に感傷的だ。
定かじゃない未来の話なんてしたってどうしようもないのに、わざわざ不安になろうとしているみたい。
「…出かけようか」
「え?」
それは、あまりに唐突な誘い。
呑み込めず瞬きを繰り返すと、彼はわたしに手を差し伸べて。
「せっかくの雪なんだし、出かけようよ。あたりが白く染まっていくのを見て、熱いココアでも飲もうよ」
「せん、ぱい、」
「そしたら、きっと淋しくなんてなくなるだろう?」
言いながらわたしの持ってる中でいちばんあたたかいダッフルコートを手渡される。
ぎくしゃくした動作のままそれに袖を通すと、さらにマフラーをぐるぐるに巻かれた。
「風邪ひかないように、あったかくしないとね」
「はぁ…」
「はい、帽子も。手袋も忘れないようにね」
耳まで覆うニット帽に、ふかふかの手袋。
先輩も完全防備が整ったらしく、私に向かって手を差し伸べた。
「行こう?淋しがり屋さん」
外はうんと寒くて、音のない世界は淋しくて。
どうしようもなく泣きたくなるかもしれない。
あぁ、だけど。
この人と見る雪は、きっとうつくしいく、幸福だから。
「仕方ないから、付き合ってあげます」
最初からお見通しだったのだろうな、とマフラー越しに手を重ねながら想った。