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※彼と彼女、この時期ならでは。
新しい生活は大変ですね。
「…疲れた顔してる」
心配そうな声に伏せていた目を上げれば、彼女が僕の顔を覗き込むようにして立っていた。
いつの間にこんなに近くに居たんだろう。
いくら彼女の気配に慣れていて、傍に在ることに違和感を覚えなくなっていたとしても、これは不覚だった。
僕が苦笑すると、彼女はひどく気まじめな顔をする。
「…大丈夫?」
「大丈夫だよ」
始まったばかりで、慣れない大学生活。
僕は学ぶ分野も違うから、彼女とは学校も違って。
考えてみたら、こんなに離れているのは初めてだなと頭の片隅で思う。
「…久しぶりだね、」
「…そう、ね」
高校時代は、クラス替えもなくて。
休日だって二人で何をするでもなくただ一緒に居ることも多かった。
気付けばいつだって傍にいたから、こうして離れていることが今更のように不安になった。
手をのばして、彼女の髪にふれた。
真っ直ぐな、長い黒髪。
夕暮れの空気に浸されて、冷えたそれを何度か指で梳いた。
君がここに居る。
それだけで、どうしてこんな気持ちになるんだろう。
泣きだしたいような気さえして、僕はそっと頭を振る。
溺れてしまいそうだった。
どこに、と聞かれたら抽象的な答えを返すよりほかないところに。
沈んで、二度と浮き上がれなくなってしまうような、場所に。
「…なんて、ね」
ばかげた考えを、笑う。
後悔なんてないんだ、だって僕がこの道を選んだ。
間違いにするつもりなんてないし、させるつもりはもっとない。
見据えた先にも、積み上げてきた過去にも。
誇れるはずで、それは確かで――本当、に?
「…すこし、疲れたかな」
無理やり微笑むと、君は僕の髪にふれた。
まるでお返しのように。
僕はそっと瞼をおろす。
強固なはずの足元。
嗚呼だけど、時折、ほんとうに時折だけど。
――不安になるんだ。
「…無理、しないでね」
言葉を探して、さがして。
迷い惑った君が言う。
曖昧でたくさんの感情に溢れた瞳は、それでも僕を丁寧に映して瞬いた。
「…うん、」
「たまには休んでも良いし、甘えたって縋ったって良いんだよ」
「うん、」
「燻ってる気持ちなら、みんなあたしが聞くから」
だからひとりで、抱えないで。
告げられた言葉に、僕は数度睫毛を揺らす。
君こそ自分の腕だけで、なんだって抱え込もうとするくせに。
どこまで君はお人好しなの、僕の可愛い女の子。
優しくて悲しくてうつくしい、そんな君だから僕は。
――嗚呼、そうだ、思いだしたよ。
こぼれるように俯いた君の頬に、指を滑らせて。
耳元の髪を一筋掬って、先の方に口づけた。
「…ねぇ」
ゆるり、向けられる眼差し。
この瞳の為に、僕は身勝手な誓いを立てたんだ。
否、誓いというにはおこがましく、けれどどこまでだって尊く在るように。
「ありがとう、」
君が、君だけが。
僕の隣に、居てくれるなら。
幾らだって戦えるんだ、僕はそうして強くなれるよ。
「え…?」
唐突すぎる言葉に、不思議そうに首を傾げた君を。
思いきり抱き寄せて、僕は今度こそ笑った。
(導の女神はこの腕に)
新生活始まるといろいろ疲れちゃうし大変だしで、余裕とかそういうのを無くしがちですよね、って話(え)
自分に期待されてるものとか、自分が立たなきゃいけないポジションとか。
そういうのがなまじっか分かるばっかりに、なんとなく無理しがちな彼のお話でした。
まぁ、うん。
あれですよ、頑張ることは大事だし、頑張らなきゃいけない時ってきっとたくさんあるし。
この時期だと、なおさらだと思うし。
でも、それと同じくらい頑張らないことも大事なんだと思います。
つかれちゃったら、なんかぐだぐだっとすれば良いよ、ってことが言いたかった。
珍しく長めなあとがきでした、まる。