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※『彼と彼女。』、天使シリーズ。
ハンモックに寝そべって本を読んでいると、下の方でごん、と鈍い音が聞こえた。
「…?」
不審に思って下を覗き込む。
四角い部屋のほぼ中央、僕の左斜め下あたりで床に突っ伏しているご主人さまを確認。
このサイコロの城に似つかわしい小振りで真っ白いノートパソコンの前、彼女はまるで死んだみたいに動かない。
あぁ、またか。
もうすっかり、とまではいかないけれど二度もこの光景を見れば慣れてくるというもの。
僕は仕方なく本に栞をはさんで、彼女の元に舞い降りる。
「…風邪ひくよ」
冷たく硬い床の上、彼女はすやすやと寝息を立てている。
ひとつ溜息を吐きだして、僕は眠り姫を抱えあげた。
…眠りと相性の悪いご主人さま。
けれど人間はどうしたって眠らなくちゃいけない生き物で、無理が過ぎれば必ず身体はSOSを発するというもの。
三日も徹夜に近い状態が続けば、どこかで電池が切れるのは必然だ。
涼しいからと言って床に寝そべって彼女はパソコンで報告書を書いていたようだけど、今回はそこでエネルギーが切れたらしい。
ほんとうに潔いくらい唐突に彼女は眠りの世界に落ちて、その度に僕は(絶対に言ってやらないけれど)心臓が止まる思いがするのだ。
「…人間は脆いんだよ」
ねぇ、知っているの?
心の中で問う。
僕ら天使は眠らなくても、食事をしなくても、神に愛された御魂が穢れることがなければ生きていられる。
だけど人間はそうじゃないんだろう?
眠らなければ、食事を食べなければ、あっという間に衰弱してしまうのに。
一人で眠るには広すぎるベッドに、彼女を横たえる。
真っ白なシーツに長い黒髪が散らばって、はっとするくらいにそれはうつくしい。
「…ばかだな、」
呟いて、その細い肩に毛布をかけた。
ゆる、と微笑んで君は深く息をつく。
「…いったいどんな夢を見ているんだろうね?」
そこに僕は居るのかな。
柄にもないことを考えた自分がひどく可笑しい。
ぼくこそ夢でも見ているようだ、そう思いながら少しだけわらう。
「…おやすみ、眠り姫」
一瞬躊躇ってから、その髪に指を伸ばした。
見た目どおりにさらさらとつめたいそれを二三度梳いて、僕はそっとベッドから離れる。
背を向けた僕の名を、夢の中に漂う彼女が呼んだのは現だと思ってもいいのだろうか?
「あ、そうだはい、これ」
「何?(がさごそ)…あ、いちごポッキーだ。どしたの?」
「いや、だから『はい』って」
「へ?」
「え?」
「あ、いやなんでいちごポッキー?」
「嫌いだっけ?」
「ううん、好きだけど」
「なら良いじゃない」
「うん、嬉しいけど。なんでいきなりいちごポッキーなのかなって」
「…だって好きだろう?」
「うん、うーん?…や、そうでなくてね?別にケンカしたわけでも頼んだわけでもないのに、どうしたのかなって思って」
「あー…あぁ、そういう意味の『なんで?』ね。やっと分かった」
「…あ、何いまので理解したの?」
「うん。…えーと、ね?コンビニで見かけて、あぁこれ君が好きだったなって。買ってったら、君が喜ぶかな、って思って」
「うん。…えへへ、覚えててくれたんだ」
「そりゃあね。君のことだし」
「…うれしい」
「…恋愛とか好意とかって言うのはさ、相手にいかに『無駄』を捧げられるかなんだよねつまりは」
「お、お?いきなり哲学的になったね…!?」
「あーうん、まぁ性分だから。ついてきてね」
「あ、はい」
「失礼なのを承知でこんな言い方するけど。クリスマスとか誕生日って、云わば恋人たちのイベントだから。こういう時に何かをするのはある意味で『当然』なわけだよ」
「あー…確かにそういう雰囲気だよねぇ。まぁ楽しんでるし良いとは思うけど」
「うん、僕も結構好きだしそれは問題ないんだ。…でだ。そういう『当然』があるからこそ『無駄』の意味が生きてくると思うんだよね」
「無駄の意味ですか」
「そう。『当然』のラインからは外れたその感情を、どれくらい相手に捧げられるか、が重要なんじゃないかなーって」
「…必要じゃないからこそやる意味があると?」
「たぶんね。…別に僕がこうやっていちごポッキーを買ってくる『必要』はなかったよね」
「うん、そうだね」
「『必要』はないけれど僕はその必要なんてないところで君に喜んでもらいたくて、だから男が買うにはちょっぴり恥ずかしいこのピンクのパッケージのポッキーを買ってきちゃうわけで」
「あー…確かにこのパッケージはちょっと恥ずかしい感じだよね」
「もちろん君が喜んでくれたことでそれだって帳消しなんだけどね。…必要のないもの、は無駄とくくるとしたら。その無駄の部分でこそ、相手を喜ばせたいって思うのが恋愛の醍醐味なんじゃないかなって思う」
「あ、なんか分かった気がする」
「そう?それは良かった」
「でも無駄と言えばさ」
「うん?」
「君があたしの嗜好品を覚えててくれてるのもあたしに『無駄』を捧げてくれてるってことだよね」
「…ふふ、」
「あたしの好きなもの嫌いなものって、君にとっては覚えてても人生のなんの役にも立たない事よね。でもそれをわざわざ覚えててくれてるって言うのは、やっぱり『無駄』をくれてるんだろうなーって」
「それをしたいって思うのは君だからだけどね」
「…えへへ。ありがと、嬉しい」
「じゃあ紅茶でも淹れようか?一緒に食べよう」