※階段の神様。
「あれ、」
「あら、」
学校から帰ってくると、珍しい人物に出迎えられた。
珍しい、と言っても一年前まではそこに居るのが当たり前だったのだけど。
最近じゃ滅多に顔を合わせることのない、二つ上の姉だ。
姉――氷雨姉さんは、定位置のソファの肘掛に足を掛けて、ひらひらと手をふる。
「おかえり絆。早かったのね」
「まぁ…それなりに…」
姉は今年の春から軍に入って、そこの寮で生活している。
夏休みに帰ってきてからだから、もう半年ぶりだ。
まとまった休みというわけでもなさそうだし、何かあったのだろうか、と少しだけ心配になる。
姉は唐突に振り向くと、いきなり俺の頭をぐしゃぐしゃとかき交ぜた。
「え、何、ちょっと?」
「髪伸びたねー…そろそろ切りなさいよ」
切りに行くのが面倒くさくて、そのままずるずる伸ばしっぱなしだった髪の毛。
髪が柔らかい上に襟足とか関係なしに伸びてしまった。
顎のあたりでざくざくながらも揃っていて、女の子みたいになっている。
「めんどくさくて…」
「後ろから見ると女の子みたいよ?」
自覚済みなので大人しく返事をした。
それから、ようやく聞きたかったことを口にする。
「…ところでさ。どうしたの、姉さん」
きょとん、と不思議そうな顔で姉は俺を見たが、すぐに理解したように笑う。
そうして、もう一度俺の頭を撫でた。
「コート、取りにきたの。さすがに寒くて」
「あー…なるほど」
「で、明日休みだし、ついでだから泊まってこうかなーと思ってね」
軍服はもう脱いだらしい。
泊まっていくなら、カーディガンにジーンズというラフな格好も納得だ。
嫌になって飛び出して来たのかと思っていたから、それを聞いて安心した。
平和主義で事なかれ主義。
軍人なんて肩書が、これほど似合わない人間が他に居るのだろうか。
こんなこと言ったら問答無用で小突かれるに決まってるけど、童顔の姉には面白いくらい軍服が似合わない。
「あと、これ絆にあげようと思って」
「なに?」
コートを脱いでラックに掛けていた俺に、姉はいきなり何かを放り投げた。
「うわ!?」
慌ててキャッチしたそれは、小さな赤いデジタルカメラ。
…落としたらどうすんのマジで。
「あっぶねー…」
「ナイスキャッチ。絆ならできるってお姉ちゃん信じてた!」
「そんな信用いらねぇよ…!」
だけど、なんでまた。
疑問を込めて姉を見つめると、彼女はそっと目を逸らす。
何か言い淀んだ時の癖だ。
言いにくそうに、失敗を認めるかのような口調で姉はいう。
「…写真を撮る才能がないって気づいたのよ」
「えーと…」
ぴぴ、と電源を入れて、数枚残っていた写真に目を通す。
暮れなずむ空、庭に咲いた紫陽花、可愛らしいケーキ。
…言っちゃ悪いが、確かに姉に才能はないらしい。
どれも微妙に対象を捕らえ切れていないというか…なんだか、妙にちぐはぐな感じがする。
「敗北宣言?」
「うるさい。いらないの?」
からかうとすごい目で睨まれた。
…外じゃ「御淑やかで優しいお姉さん」で通ってるのに、なんだこの落差。
たまには弟にも優しくしてください、と首をすくめる。
「ありがたく頂戴いたします、お姉さま」
「よろしい」
少し考えて、せっかくだからと姉にカメラを向ける。
家で生活していたころと何も変わらない格好に、時間が戻ったみたいだと笑う。
気にしてないふりして結構淋しがっている母親に、見せたらきっと喜ぶだろう。
「ちょっと、やめてよっ」
「良いじゃん、記念すべき第一枚目ー」
写真の中、子供っぽい顔で姉は笑った。
(姉と弟とデジタルカメラ)
勢いのあるうちに一話目を書いてみた。
口の悪い氷雨が書けて楽しかった…兄弟だとこんなもんだよね。
春日姉弟は、仲はそれなりに良いです。
お互い相手が心配で仕方無い。
たぶん二人とも我儘とか、自己主張みたいなものをあんまりしないんです。
あれが欲しいこれがしたい、どうして欲しいみたいなこと。
だからもどかしくて心配なのかな。
ちなみに写真を撮る才能に恵まれなかったのはわたしです★
PR