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書きたいものを、書きたいときに、書きたいだけ。お立ち寄りの際は御足下にご注意くださいませ。 はじめましての方は『はじめに』をご一読ください。
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    ガーデン・ブルー。

    ※カノジョと元彼。



    君は余計な事を考えすぎる、とはわたしの昔の恋人の談だ。

    昔、と言ってもそれほど昔のことではなくて、ほんの二年くらい前の話、というだけのことだが。
    その時のわたしは今よりももっと子供で、もっと色んなことに手足をばたつかせて足掻いていたように思える。
    けれどきっと今だって、あと二年先のわたしが振り返ったら変わらないくらいにみっともなくて、そう考えるといったい何時になったらわたしはわたしの望む落ち着きとか、余裕とかを手に入れられるのだろう。

    その恋人は、とにかく頭のいい人だった、という認識が一番適当なように思える。
    実際彼のとるノートはごく僅かで、いろんなことを板書以外にも書き足していくわたしのノートと比べると、その差は際立って見えた。

    整然と、単語ばかりが書きこまれたノート。
    彼の書く文字は薄く細く、自信に満ちたその口調に似合わないと常々思っていたことは覚えている。
    叩きつけるように濃い文字を書いてしまうわたしは、そのほっそりとどこか女性的な文字が好きだった。

    『ノートはつまり自分の思考を助けるツールだよ。自分の思考が整理できれば、本当は文字を書く必要なんてないんだ』

    テストの前なんかに彼のノートを見せてもらっては、これじゃ分からないと零すわたしに彼はよくそう言った。

    『だけどあった方がわたしは助かるわ』

    そう言って拗ねた顔をすると、彼はよく笑った。
    その赦すような表情に、わたしは安堵していたのかもしれない。

    彼はたぶん、いろんなものを見下していた。
    他人も、自分を縛る学校というシステムも、そうして自分自身も。
    そんな彼に赦されることが、優越感めいた甘い感情を誘ったのかもしれない。

    休みの日には、よく二人でひたすら話し込んでいた。
    今となってはもうほとんど覚えていないけれど。

    互いの世界観、というか、認識の仕方を。
    言葉にするのは複雑で、自分の中では組立っている世界を相手に伝えるのは難しい。
    一時間で良いから互いの思考回路を交換できたら、と二人してもどかしい想いで言い合った。

    『俺は世界のすべてが見たい』
    『すべて?すべてって、例えばどんなものを?』
    『言葉通りの意味だよ。…俺がいま何を考えてそう言ったか、君にそっくり伝えられるツールがあればいいのに』

    そう。
    今考えれば、恋人というよりは教師と生徒、或いは兄と妹のような関係だった気がする。
    わたしはひたすら彼に教えを乞うた。
    考える力は彼の方がずっと上で、わたしは彼の言葉を聞いて己の世界を再構築していく。
    それが純粋に楽しかったのだ。
    そしてたぶん、そうするのに一番都合のいい関係性が恋人だったから、そうしたというだけのことで。

    どこか歪な、奇妙にねじれた関係。
    気付かなかった、と言えば嘘になる。

    ある時、一度だけ喧嘩をした。
    いや、彼にとっては喧嘩ですらなかったかもしれない。
    突発的な感情のバグ、ただそれだけのことだったのだと思う。

    『君は、余計な事を考えすぎる』

    学校帰りの、小さなカフェ。
    わたしはキャラメルラテ、彼はカフェオレ。
    一瞬言われたセリフの意味が理解できなくて、珍しく押し黙って彼の顔を見つめたような気がする。

    『たどり着いたら答えはひとつなのに。どうしてそんな瑣末なことで悩む?』

    瑣末なこと。
    そう言われたことが悔しかったのか、それとも理論でしかものを言わない彼に腹を立てたのか。
    分からなかったけれど、その言葉は確かにわたしの神経を逆なでた。

    『プロセスがいくつあったところで、解答は一つだ。そして、その解答は最初から決まってる』
    『…きまってる』
    『そうだ。公式に数字を当てはめたら、答えが必ず出るのと同じこと』

    決まっている解答。
    そこにたどり着くまでの道のりで足掻くわたしを、憐れむような口調。
    次の瞬間わたしは激昂して、一緒に持ってきたお冷を彼の胸に向かって投げつけていた。

    滴る、氷水。
    色を変えたブレザーと、飛び散った水にぬれた髪、頬。
    一瞬驚いたように眼をみはった彼を残して、わたしはその場を後にした。

    『おはよう、』
    『あ…昨日は、その』
    『何が?どうした、そんな神妙な顔して』

    けれど翌日、彼は何事もなかったかのようにわたしに挨拶をしてきた。
    怒っているのかもとは思ったが、それは杞憂で。
    なんら変わりなく接されて、彼にとってあれは予想の範囲内のミスでしかなかったのかもしれないと考えた。

    奇跡的、と言うべきなのか。
    その事件が、わたしたちの別れの原因にはならなかった。
    別れの原因はただひとつ、物質的な距離が離れたからに他ならない。

    距離が離れたから、さほど熱心に言葉を交わして縮めたいものがなくなった。
    ただ、それだけのこと。

    考えてみたらそれでよくもまぁ付き合いを名乗れたものだと感心したくなる淡白さだが、彼との恋人期間が今でも薄くわたしの意識に残っていることは確かなのだろう。
    少なくとも、素直で可愛らしい恋人を、先輩にプロデュースしてあげられないところとか。
    縋ることすらできなかった恋人期間で、だからかな、わたしは今でもすこし怖い。

    今でも余計な事ばかり考えて、わたしは思考の海に溺れて。
    足掻いてもがいて、それでも浮かび上がれないことなんてしょっちゅうだ。
    それは対象がわたしにとっては大切だからで、だからこそここまで苦しくなるんだと、気付いたのもつい最近のこと。

    「…解答は決まってる、か」

    そうかもしれない。
    あれこれ思い悩んだって、なるようにしかならないのだから。
    それでも思考を止められないのは、きっとわたしが人間だからで。

    「ごめん、おまたせ」
    「遅いですよ、先輩」

    映画に行こうと待ち合わせた時刻の、五分過ぎ。
    先輩がわたしの前に腰を下ろして、申し訳なさそうに謝る。
    飲んでいたアイスティーを彼に向かって傾けると、ありがとうと言ってそれを半分ほど一気にあおる。

    「ごめんね、どれくらい待った?」
    「五分以上十分以下、ってところですね」

    思考の海に溺れて、ぼろぼろのまま浮かぶわたしを。
    苦しいのなら捕まればいいと、当たり前のように手を伸ばす人。
    名前のない怪物に怯えるわたしを、見つけてこの人は微笑んだ。

    わたしはこの人に出会ってようやく、自分がさほど強くないことを知った。

    「待っててくれて、ありがとう」

    あっさりとそう言って、先輩は笑う。
    わたしは少しだけ考えて、小首を傾げる。

    「…どういたしまして?」
    「うん、それで良い」

    綺麗に笑うと、先輩は恭しくわたしに手を差し伸べた。
    意図を察して掌を重ねる。

    「行こうか、」
    「はい」

    昔彼と行ったのと、よく似たカフェ。
    そこにたゆたう古ぼけた過去の欠片に、そっと微笑む。

    解答は確かにひとつ、それは事実ね。
    だけどプロセスが無限にあるからこそ、見つかる解答もうつくしい。
    そうは思わない?
    わたしは、そう願いたいよ。

    「どうしたの?」
    「いいえ。ねぇ先輩、わたしポップコーンはキャラメル味が良いな」
    「了解、」

    きっと過去のわたしは首をかしげて、それから軽やかに笑うのだろう。




    すごく長くなった…気がします。
    こういう文章をあまり書かないので、楽しかったです。

    余計なことばっか考えて、ぐるぐるして。
    胃が痛くなって、気持ちはもうどん底這ってて。
    そう言う時に、解答はひとつだと言われるのも、確かに救いかもしれません。
    だけどふっと隣に寄り添ってくれることだって、きっと十分に救いですよね。
    ただそれは難しくて、言葉を尽くすしかできなかったりもするのですが。

    なんか、みんな幸せなら良いのになぁって思いながら書きました。
    …そんな話には見えないが(笑)
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    1990/10/10
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    動物に例えたらアルマジロ。
    答えは自分の中にしかないと思い込んでる夢見がちリアリストです。
    前向きにネガティブで基本的に自虐趣味。

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