※仮想世界にて。
微かな憧憬。
「…」
手元の雑誌には、大きな活字でGW特集と称して様々なテーマパークの説明が載っている。
さして興味もないまま、青は退屈そうにあくびを漏らす。
別に、もう遊園地ではしゃぐような年齢でもないし。
そもそも行ったことがないから、どんなものかもよく分からないし。
だから気になったりなどしないのだ、それはもう、絶対に。
ぱら、ぱらとカラフルな写真ばかりが目に飛び込む。
眩しすぎて目が痛い、そんな風にひねくれたことばかり考えた。
「せーい君っ」
雑誌をもう閉じようか、そう思ったところで、不意に後ろから明るい声が飛び込んだ。
せいくん、なんて耳慣れない呼び名で自分を呼ぶのはただ一人で、そちらに目線を向けながら同時に彼女の名前をつぶやく。
「…なんだよ、」
風の愛し子、稀代の殺し屋の彼らを以てしても俄かには彼女の気配に気付けない。
その事をなんとなく不服に思いながら、いつもと同じ決して素直ではない声を出した。
「おはよ、」
「…もう昼だろ」
「最初に会ったらおはようで良いんだよー」
それでも気にとめた様子もなく。
彼女はにこり、と笑ってみせる。
「何見てるの?」
「や…別に、」
「あ、ここの遊園地知ってる」
軽やかなテンポで彼女は話を進めていく。
彼女の恋人もそうだけど、こいつもこいつで人の話を聞かない、と青は思う。
わざとなのか、無意識なのか。
たぶん後者だから、なおさらタチが悪いのだ。
「いいなー、ここアトラクションがすっごい可愛いんだよ。遊園地自体がね、アリスをモチーフにしてて。園内にウサギが隠れてて、それ全部見つけるとなんかプレゼント貰えるんだって」
「…へー」
「良いよね、行ってみたいよね」
笑顔で振り返られて、思わず青は目を逸らした。
…別に、行きたいわけじゃ。
だって、こんなところではしゃぐなんて子供みたいだし、みっともないし。
それに、遊園地なんて平和で幸福な場所、自分には絶対似合わないし向いてない。
だから、そうだ。
行きたくなんて。
「…別に」
顔ごと背けて、俯いた。
そんな青を見て、風姫は小首を傾げる。
しゃん、と黒い髪が清潔そうな音を立てるのを、彼は片隅で聴いていた。
「…興味、ないし」
「…そっか、」
繰り返した青。
彼女はふっと俯く。
項垂れた白い首、それと一緒に本当は少し行きたかった自分の気持ちまで折れてしまったような心地がして、青はひどく居心地が悪くなる。
そんな顔を、させたかったわけじゃなくて。
こんな気持ちに、なりたかったわけじゃなくて。
言えるものなら、とっくに口にしているさ。
いちいち躊躇う、己が恨めしい。
「…(ほんとう、は)」
一度でいいから、こんな風に平和で明るい場所に、行ってみたかった。
「…うん、分かった」
彼女は呟いた。
それは弱々しくない、きっぱりとした声。
「おい、」
「青くんが興味ないなら、それで良い。でも、」
そこで、顔を上げて。
わらう、とても楽しそうに。
「でも、あたしが行きたいの。…だから、付き合ってくれるよね?」
「え、」
間抜けな声をこぼした青の手から、彼女は雑誌を奪った。
それを持ったまま、彼女は恋人の背中に駆けていく。
タックルに近い勢いで背中に飛びついて、弾んだ声で言うのが聞こえた。
「ねぇねぇ、あたしゴールデンウィークここ行きたいっ」
「遊園地?…あぁ、こういうの好きそうだねぇ」
「すきー。ね、良いでしょう?みんなで行こうよ」
「はいはい、お姫様の仰せのままに」
了承を取り付けて、彼女は青に向かって笑顔で手を振った。
はたから見たら我儘なカノジョのようで、だけど普段はさしておねだりの類をしないことも分かっていた。
「…うわ、」
当り前のように手を伸べられたことに、気付く。
考えたらたまらなくなって、つい掌で顔を覆った。
「(…やられた)」
――ゴールデンウィークは、目前。
とりあえず前振り(笑)
やっとなんか明るいのかけた気がする…自分はつくづくシリアス書きなのだなと実感する今日この頃。
こういう優しさが好きです。
そしてそれって、本人がきっと優しいからだよねって。
優しい人の周りには、優しい人が集うのだと思いたいのです。
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