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優しい人で在りたい。
優しくなんてなれない。
「…結局、何が正しいのかなんてわかったものじゃありませんね」
吐き捨てるように。
呟いたのは彼女だ。
その明るい茶色の瞳には顔を上げた彼のことは映っていないようで、何もない床ばかりを空虚に彷徨う。
皮肉げに釣り上げた口の端、早口に言葉が押し出されていく。
「どこまで考えて良いのかなんてわからないんですよ。他人の痛みを自分のそれみたいに感じてしまうのって、もしかしたら恐ろしいくらいの依存かもしれなくて。だけど泣いてる人間を見てまったく心を痛めないのだって、異常なことかもしれなくて。どちらに転んだって、それって心が病んでるんだとは思いませんか」
こういう時、たぶん彼女が答えを求めていないこと。
彼ももう分かっているから、音楽のように流れていく彼女の言葉にだけ耳を傾けた。
「わたしには何もできないことくらい分かっているんです。それこそ、祈ることくらいしか。それを歯がゆく思うのだって、きっと間違っている」
「…どうして、間違いなの?」
「だって、何も、なにもできないのに。力になんてなれなくて、気の利いた励まし一つ言えなくて。どうしようもないことだってもちろんあるけど、わたしの力が足りないことだってそれこそ山ほどある。力になれないわたしが悪いのに、なのに…っ」
…彼女はいつもこうだと彼は思う。
考えて、考えて、答えのない迷路に迷い込んで。
思考の海に溺れてしまう。
そのくせ自虐意識だけは人一倍に強いのだ、考えすぎて行きついた先で結局彼女は自信を責める以外の選択肢を見失う。
それがあまりにも優しいからなのか、それとも彼女が言うように心が可笑しな方向に歪んでしまっているからなのか。
彼には分からないし、彼女にだって解らない。
それでも、ただ。
こうやって思いつめて思い込んで泣くときに。
彼女の心には祈りしか映っていないこともよく知っていた。
「…他人の痛みを自分の痛みとして受け止めるのは、度が過ぎれば間違いだって言うのも分かってます。だったら切り離して、他人の痛みになんて頓着しなければいいのかって言われたら、それだって間違いで。わたしには、どうして良いか分からないんです」
折り合いの付け方なんて忘れてしまった。
踏み込んでいい距離、取らなければいけない距離。
いつからか自信なんて持てなくなっていた。
ふ、と。
彼女がわらう。
痛々しさすら滲んだ笑顔だ。
諦めたくて諦め切れない君の、唯一持っている表情なのかもしれない。
「…だから、思うんです。『全部うまく回りますように』って。それしか、わたしには想えないから」
自分が願った誰かが、別の誰かのことを祈る。
そうやって繋がって巡っていけば、と途方もないことを考えたこともあった。
わたしの大切なあの人の、あの人の大切な誰かの、その誰かの大切な別の誰かの。
願いが、祈りが、思いが、叶えばいいと。
そんな夢物語を考えることは、間違っているのだろうか?
「…わたしの心は、歪んでいるのかもしれませんね」
困ったように笑った彼女の髪を、彼はそっと梳いた。
途方もなく愚かで脆く、弱い。
けれど泣きながら誰かのことを祈る彼女のことを。
――祈るのが、自分で在ればいいとだけ、想う。
お題消化作。
シリアス、っていうか暗い。
彼女は弱いのか優しいのか、どっちなんでしょうね実際。