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「…あれだよね、」
「はい」
「実は君、ブラックコーヒー嫌いだろう」
問うた瞬間、彼女の表情があからさまに気まずそうに歪められた。
「…別に、飲めないわけじゃ」
「うん、それは知ってる」
「…嫌いじゃないですよ、そんな、子供じゃないですから」
そう言って顔をそむけて、手の中のカップをもてあそぶ。
真っ白いカップの中、舐めるように揺れるのは真っ黒なコーヒー。
砂糖もミルクも入っていないものだ。
「…基本的に甘党だもんね」
「辛いものよりは、ずっと」
「飲めないなら飲めないって、言えばよかったのに」
「飲めないわけじゃありませんってば」
子供扱いを心底嫌がる彼女は、けれど時々こんな風に子供っぽいこだわりを見せる。
言動も考え方も振る舞いも、実年齢や見た目よりもずいぶんと大人びているにもかかわらず、だ。
だけど実際のところ、所謂オトナの証明みたいなものは、てんでダメなのも知っていた。
タバコが苦手で、お酒にもそれほど強くなくて。
ほら今だって、意地を張ってなにも入れなかったブラックコーヒーを持て余している。
三分の一も減っていないコーヒーは、君を試すみたいにゆらゆら揺れて。
「…(こういうとこが可愛い、なんて)」
もちろん、言ってやらないけれど。
大人びた彼女が見せる、子供っぽい横顔が実はものすごく好みだなんて言ったら、きっと怒られてしまうから。
冷たく睨まれて「馬鹿にしています?」なんて言われるに違いない。
…まぁ、そんな怒った顔ももちろん好きなんだけど。
「…飲まないの?それ」
「飲みますよ」
我ながら意地が悪い。
にやりと笑ってカップを示せば、つんと君は顎を上げて。
一瞬思い定めた顔をすると、カップの残りを一気に呷った。
「潔いなぁ…ほんとうに」
「っ…ごちそう、さまでした」
そう言って彼女はにっこり笑う。
あぁもう、意地になっちゃって。
だけど此処で素直に「飲めません」と言わない彼女が好きなのだ、たおやかに見えてどこまでも意地っ張りな彼女の事が。
「…」
それでもやっぱり苦かったらしく、彼女は眉を少しばかりしかめた。
可愛いなぁ、と呆けたように思う。
…うん、相当、やられてるかも知れないな、俺。
「よくできました」
「…先輩、なんか腹立たしいんで一回殴っていいですか?」
「えー、やめてよ酷いなぁ」
くすくす笑いながら綺麗に空になったカップを彼女の手から取り上げた。
どうして彼女がこんなに「大人っぽさ」に拘るかなんて、もちろん理由は分かっているのだ。
…別に、そんなに気にすることじゃないと思うんだけどね?
君がこだわるというのなら、俺はどこまでだって付き合うけれど。
「…じゃあ頑張ったご褒美に美味しいロイヤルミルクティーを淹れてあげるよ」
立ち上がってからのカップを二三度降った。
彼女はぱっと微笑んで、けれどたちまち困ったように眉を下げた。
手放しで喜んでいいものか、逡巡するように喉をそらす。
もうひとつ、見つけたと俺はそっと笑う。
「…ありがとう、ございます…?」
「いいえ、ちょっと待っててね」
…君が努力して、俺の為大人であろうとするのなら、俺はそれを壊してあげるよ。
無理しなくていい、そう言えばきっと君は無理なんてしていないと返すから。
だから、不意打ちで。
まるで偶然のように、君の造り上げた仮面を外してあげる。
つんと澄ました余所行き顔ももちろん麗しいけれど、驚いたり怒ったり笑ったり、そうして覗く年相応な君だって酷く可愛らしいんだ。
ぜんぶ見たいんだよ、なんて、言い訳にならないだろうか?
「…素直じゃないね、俺も大概」
素直じゃない君と俺。
だけどきっと、熱いロイヤルミルクティーを淹れたら君は無邪気に笑うだろう。
そうしたら少しだけ、俺も素直になってもいいかもしれない。
(真っ直ぐ目を見て『好きだよ』と、そう囁くのも悪くない)
お題消化作。
ひねくれ者同士なカレとカノジョのおはなし。