※仮想世界の、仮想現実。
蓮と氷雨。
ぺたぺた、ぺたり。
さらに足を進めていくと、前方に知った後姿を見つけた。
良かった、今度はいきなり現れたりしなくて。
微かに安堵しながら、その背中に近づく。
「蓮さん」
声をかけると、彼――有沢 蓮はぱっと振り返った。
けれどその瞳を見て、おや、と思う。
普段は黒い彼の瞳が、今日は血のような紅色。
何かあったのだろうか、と思ったが、先ほど出逢った彼の恋人の言葉を思い出して、こういうこともアリなのだろうと思いなおす。
「こんにちは」
「こんにちは」
互いに微笑んで、挨拶を交わす。
その背後で、床が色を変えていくのにはもう慣れた。
今度は黒と白のボーダーだ。
それを横目で見ながら、ゆっくりと言葉を押し出す。
「さっき、風姫さんに逢いましたよ」
「風姫…あぁ、『プリンセス』、ね」
「プリンセス?」
でてきた不可解な単語に、氷雨は数度瞬きをした。
時折蓮が風姫のことを「僕のお姫様」などと称すことがあるけれど、プリンセスとはまた斬新だ。
…というか、蓮が容姿の整った美少年だからいいものの、普通の状況では間違いなくサムイ発言だ、と内心で考える。
もっとも、氷雨だって命は惜しいので口にはしないが。
「何か、可笑しなことを考えているんでしょう」
「え、」
「冗談だよ、『マルスの君』」
マルス、えぇと、それは確か軍神の名だ。
火星の象徴、戦の天才。
けれど雄々しい武勇伝を持つ彼は、ひ弱で非力な自分とは最も縁遠い神であろうと思われた。
「…なんですか?それ」
「だって君の腕に在るそれは、マルスと関連があるだろう?」
そう言って蓮が示したのは、『Fe』の文字。
しかし彼女には相変わらず、その文字の意味は分からない。
「ただ、妖精には嫌われるね?彼らは冷えたそれが嫌いなんだってさ」
「…あの、蓮さん…一応わたし一般人なんで…電波な会話には付いていけないんですが…」
一応自分は普通の、一般人なのだ。
ファンタジーとは縁のない場所で生きている…はず。
ただ、神様の子供や稀代の暗殺者兄弟を友人にしている辺り、あまり普通とは言い切れないかもしれないけれど。
でも、彼女自身はただの軍人だ。
けれど、蓮はくすくすと笑った。
まるで、氷雨こそが寝ぼけたことを言っているのだとでも、言いたげな表情で。
「忘れたの?ここは仮想世界の、仮想現実だってこと」
「…それって、一体どういうことなんでしょうか?仮想現実って…」
「それは君次第だよ」
結局解答は得られないらしい。
せめてここに、青か蒼か…いや、やっぱり青だけで良いから、居てくれたらと思う。
彼もまっとうに現実的に生きている自覚のある人だから、氷雨と同じような疑問をもって、もしかしたら明確な答えを持っているかもしれない。
蒼、は…あぁ見えてどこか天然だし、藍はこの状況を面白がりそうだから遠慮願いたい。
ついでに言えば、恋人である優も藍と同系統なので却下だ。
…恋人に対して酷い言い草ではあるのだが。
「三兄弟に逢いたいの?」
「え?えーと…逢いたい、というか…」
問われて言葉を濁した。
どうしてさっきから、考えてる事が筒抜けなのだろう。
サトラレにでもなったか、と一瞬青ざめるが、もともと蓮はそういう人間だったことを思い出した。
「…そうですね。折角だし、逢ってみたい気はするかな」
告げれば、蓮はすっと自分の背後を指差した。
肩越しに覗くと、さっきまではなかったはずの扉がそこに出現していた。
…もう、ツッコミは入れないことにする…疲れるから。
「この中。きっと、彼らもいるよ」
「そう…ですか。ありがとうございます」
数歩進んで、蓮と並んだ。
そこでふと思い出して、氷雨は振り返る。
「ねぇ、蓮さんは」
「うん?」
「なんですか?『プリンセス』とか『マルスの君』とか…そういう類のものだったら」
この、ふざけたキャッチコピーみたいなもの。
きっと彼にもあるのだろう、そう思って問うてみた。
すると、蓮はただ静かに笑って。
「…これ、だよ」
そう言って、掌を氷雨に向けた。
ぶれた視点に一瞬眉をよせて、そこに目を向ける。
「…トカゲ?」
そこに在ったのは、トカゲと思しきタトゥー。
そのまま彼の顔に視線を移すと、蓮はひょいと肩をすくめる。
「僕は『サラマンダーの子』だよ。…さよなら、マルスの君」
その言葉の、直後。
触れてもいない扉が開いて、がくん、と彼女の身体は前のめりになる。
見つめた向こうは、綺麗な闇。
「わ、」
「此処でのことは、きっと忘れてしまうから。できるだけ、丁寧に見つめておくと良い」
「蓮、さんっ…!?」
「僕とはここでお別れだ」
バタン、と扉が閉まった。
その向こうの景色は、彼女しか知らない。
仮想現実、のふたつめ。
うぉおお、やっぱり蓮しか出てこない…!!
風姫と一緒に出せばよかった。
たぶん次は兄弟でてきます。
ばらばらで出そうか、みんな一緒に出てもらおうかはまだ考え中。
書きたいお話がいっぱいあります。
このシリーズも、雨三部作もまだひとつしか上げてないし。
それ以外にも「彼と彼女」「カレとカノジョ」で考えてるちょっとしたシリーズもあったりなかったり(どっち)
…お話で文章を書いてるのが、やっぱり幸せで楽しいな。
レポートはしんどいんだぜ…!(そこか)
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