※こばなし。
どこかの天使と不幸な彼女。
「君のそれはね、ただの傲慢だよ」
男が言った。
背中に白い羽の生えた、それは天使だった。
彫刻のような、綺麗な顔立ち。
なるほど確かに人間らしさを欠いている、とぼんやり思った。
「世界中の不幸を背負ったつもり?馬鹿だね、君にそんな価値はないよ」
けれどその天使は、悪魔のように冷酷な言葉を吐いた。
美しい声、心臓に氷の杭を打ち込んでいく。
「君に他人の不幸を負う価値はない。君が背負おうなんて、そもそもおこがましいんだよ」
言葉を失って立ち尽くすわたしに、彼は甘い笑顔を見せる。
愛おしげな、そのくせ何の感情もこもってはいない手つきで頬を撫でる。
「…君は、愚かだ」
そうね、とわたしは頷く。
誰かの不幸が自分のせいだなんて、ばかげている。
考えるだけ無意味なのだ、だって所詮は堂々巡りで答えなどでないのだから。
否、そもそも答えなんて概念、存在していない。
だってわたしが、それを求めていないのだから。
頬に触れる天使の手に、己のそれを重ねる。
「…天使のくせに手が冷たいのね」
「意外かい?」
「えぇ、とても」
冷えた手、冷えた頬。
それに重ねたわたしの手だけが熱を持っている。
歪んでるのは、いったいどちらだろう。
「…しんでしまいたかったの」
「そう、」
言葉にすれば、酷く薄っぺらだ。
軽くて、どうしようもなく笑えてくるくらいに。
「だけどわたしには、死ぬ価値もないのよ」
「…そうだね、その通りだ」
吐き捨てるように天使は笑う。
だけどその声は、耳に酷く心地よかった。
「せいぜい、生きれば?足掻いて、惨めに泣き叫んで、祈りを乞うて這いつくばって。そのうち価値くらい見つかるんじゃないの」
「…そうかもしれないわね」
「むしろ、それ自体が価値なのかもしれないよ?可哀想なお嬢さん」
わらう天使は、そう言った彼自身を嘲っているようだった。
可哀想なのは、わたし?
それとも――貴方?
「…可哀想な、天使」
呟いた言葉。
触れ合わせた額だけは、ちゃんと温度を持っていた。
(不幸者、ふたりぼっち)
口の悪い天使と性格の悪い女。
こういう組み合わせは楽しいです。
誰かの不幸を背負うのは、傲慢なんです、たぶん。
その人の幸不幸は、きっとその人だけのもの。
他人がどうこう言っていいものじゃ、ないから。
それでも、優しくなりたいと願う人がいることは、素晴らしいことなんだな。
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