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書きたいものを、書きたいときに、書きたいだけ。お立ち寄りの際は御足下にご注意くださいませ。 はじめましての方は『はじめに』をご一読ください。
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    打ち捨てた王冠。

    ※仮想世界。
    雨三部作、ラスト。



    「「あ、」」

    落ちてくる雨粒から逃げるようにして。
    滑り込んだ細い屋根の下、見知った顔に出逢った。

    「わー、珍し。奇遇だねこんなとこで逢うなんて」
    「そう、だな」

    人好きのする笑顔を浮かべた優と、微かな苦笑をもらす蒼。
    ほんの一欠片だけ似た匂いのする、笑顔。
    屋根の端と端に居た二人は、歩み寄ってその肩を並べる。

    ラフな私服姿の蒼を見て、優は少しだけ安堵したような表情を見せた。
    蒼や彼の弟たちが夜の色をした衣装をまとっていると、優たちは決まってほんの少しだけ、顔を曇らせるのだ。
    兄弟たちの生業に眉を寄せるのではなく、それをする三人が心配なのだと。
    いつだったろう、人形じみた顔をした少女が言っていた。

    「なに、買い物とか?」
    「そんなとこだ」

    軽くうなずいて見せた蒼に対して、優は変わらず暗い色をした軍服で。
    曇天にさらに陰鬱に染められて、心なしか重みさえ増して見える。

    「優は?」
    「俺?俺はねー、今日は遅番なんだよね。だからちょっと買い物してから、と思ったらこの有り様だよ」

    言われて目を落とせば、優の手には紙袋。
    このすぐ近くに在る、文具店のものだ。
    大きさからして、ファイルだとかクリアケースだとか、そんな類のものだろうと蒼は予想した。

    「…にしても、困ったねぇ」
    「…まったくだな」

    こぼし合う、苦笑。
    見上げた空は、まだ暗い。
    それどころか雨は勢いを増して、地面にいくつもの王冠を作っては流れていく。
    しばらく止みそうにないな、と嘆息した。

    頬をなでる風は冷えて。
    それでも待っているこの時間を、最低とは思わない。
    慣れた毛布のような空気感に、目を閉じたのはきっと二人同時。

    「…さて、と」

    ふ、と蒼の隣。
    優が軽やかに伸びをする。
    しなやかな動きで両腕を真っ直ぐに上げると、そのまま蒼を振り返った。

    子供のような笑顔。
    それだけで理解して、蒼は笑う。

    「…正気か?」
    「俺はいたって本気だよ」
    「馬鹿だって言われたことないか」
    「氷雨にはいつも怒られる。『優さんは無茶しすぎです』って」

    軽い言葉を交わしながら、諦めて蒼もそっと身体を伸ばした。
    若い竹が伸びるようなイメージ。
    数度呼吸を意識する。

    あと一度、と思ったところで、唐突に腕を引っ張られた。

    「行くよっ」
    「おま、はや…!」

    ぐん、と身体が前のめりになって、一瞬で身体は水に包まれる。
    雨音がうんと近くなって、右足が思い切り水たまりを踏んだ。
    隣で明るい笑い声が響く。

    「蒼っもたもたしてないで走るよっ」

    言葉と一緒に優は走り出して。
    腕を捕らえられたままの蒼も、当然それに続く形になる。

    まったく、どうしようもない。
    良い年をした大人が二人、いったい何をしているんだと思う。
    こんな姿、弟たちは呆れて笑うだろう。
    彼の恋人は、幼げなのに妙に迫力のある瞳でにらみあげるかも知れない。

    だけどこうやって、馬鹿みたいなことだってたまには必要なのだ。
    大人ぶった仮面を放り捨てて、全力で走ってみることだって。

    「…足を取られて転ぶなよ、」

    呟いた声に、少し前の背中が揺れた。


    (雨が映すのは)




    雨三部作やっと終わった…!
    地味に放置しすぎた感が満載だよ凛さん!(笑)

    ばかなことやってみる年長組。
    実はこいつら大好きです。
    見た目クールに大人な顔してるくせにね、実はお馬鹿さんなんだよ!みたいなテンションを普通にやってくれちゃうので。

    この二人にはも少し馬鹿やらせたいです(どんな宣言)

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    涙フィルター。

    ※仮想世界。
    雨三部作、二つ目。


    あぁ、もう全くついてない。
    氷雨は思って、普段だったら絶対にしない舌打ちをひとつ。
    別に誰も見ていないのだから、構わないとやさぐれたことを考えた。

    腕の中に抱えたのは、頼まれて図書館に取りに行った資料。
    なかなか見つからなくて結局混雑したレファレンスサービスに頼みこみ、やっと手にしたものだ。
    予定よりだいぶ遅れて出てきた図書館、足早に歩く帰り道、雨に降られてこのざまだ。

    濡らすわけにはいかないから、仕方なく軍服の上着を脱いでそれにくるんだ。
    今の季節だから寒いとは思わなかったが、それでも気分的にはあまりよろしくない。
    こんなことならクリアケースでも持ってくるんだった、と己の考えのなさに溜息をつく。

    「…(このまま、降り続けるのかしら)」

    だったら傘を持ってきてもらった方が良いかもしれない。
    だけどぱっと浮かべた顔に、それが不可能であると気付く。

    恋人の優なら多分すぐにでも駆けつけてくれるけれど、就業時間中に氷雨が接するのは上司である五十嵐 優だ。
    そう簡単には呼び出せないのだ、いったい何を考えているのだろう。

    その時だ。
    ふ、と視界に色鮮やかな春が踊って、思わず視線を吸い寄せられる。
    向こうもそれに気付いたようで、透明な傘の向こう、ゆるりと見知った顔が表情を映す。

    「…春日、」
    「青、さん?」

    三兄弟の次男の、青だ。
    ピンク色の髪が微かに揺れて、彼の靴が水たまりを踏みつける。
    ぴしゃん、とはしゃぐような音が聞こえた。

    「…何してんだ?お前」
    「ご覧のとおり、雨宿りです」
    「ついてねぇな」
    「まったくですよ」

    珍しく彼は苦笑を見せて、ゆっくりと氷雨に近づいた。
    くすんだ雨のスクリーンに彼の髪色はひどく鮮やかで、目を奪う。
    甘く明るい春の色。
    いつだったか蓮が言っていたセリフを思い出した。

    「(…あぁ、そうねこれなら)」

    何処に居たって、すぐに見つけられる。
    そう思って氷雨は少し笑う。

    青だけじゃない。
    きっと彼ら兄弟は、彼らが想っているほど夜には溶け込めるわけがないのだ。
    それをするには、彼らはあまりに愛されているのだから。

    「…んだよ」
    「いえ、別に」

    すい、と青の視線が氷雨の腕の中に向けられる。
    あぁ、と彼女は呟いて、抱えた資料を軽く持ち上げて見せた。

    「図書館に行ってたんですよ。古い事件の新聞がどうしても欲しいんですって」
    「…軍部にないのか?図書館とかって」
    「うーん、資料庫がそれに近いものでしょうかね」

    交わす会話の間にも、雨脚は強まっていく。
    考えることは諦めて、氷雨は資料を抱えなおした。

    「…ん、」
    「え?」

    動きのなかった世界。
    不意に音を立てて回りだす。

    青は真っ直ぐ腕をのばして、氷雨に傘を押し付ける。
    思わず受け取って目を瞬かせた氷雨に、彼は呟くように答えた。

    「濡れると、困るんだろ、それ」
    「え、ちょ、青さ…っ」
    「どうせ安物だし、返さなくていいから」
    「ね、人の話をっ…」

    たん、と軽い足音。
    水たまりが大きく揺れて、雨の中彼の後ろ姿が遠くなる。
    灰色の世界にピンク色の髪はあっという間に溶けて行ってしまう。

    「…風邪ひきますよ?」

    聞こえないことばを囁いて、氷雨はそれでも苦笑した。
    まったく、むちゃくちゃだ。
    人に傘を貸してしまって、自分は濡れて帰るだなんて。
    此処から彼の家までは、それなりの距離があったはずなのに。

    彼は本当に。
    不器用で無愛想で、酷く優しい。

    「…仕方ない、なぁ」

    微笑む、透明な傘の下。
    仕方がないから、今度お礼がてら美味しいお菓子でも買って、差し入れてあげよう。
    駅前で売っているワッフル、あれなら彼も喜ぶはずだ。

    資料を抱きしめて、傘をしっかりと握って。
    氷雨は雨の中、一歩足を踏み出す。

    透明な傘の下から見る世界は、軒下で見ていたよりもずっと明るくて少し驚く。
    暗い気分は、雨の匂いと一緒に溶けた。




    やっと二つ目な雨三部作。
    氷雨と青ってちょっと珍しい組み合わせかもしれない。

    普段わたしが使ってる傘が黒いせいか(でもフリルが付いてて可愛いんだよ!)ビニール傘をたまに差すと世界が明るくてすごく驚きます。
    無意味にくるくるしてしまう。
    実は奴らは侮れないのかもしれませんね。

    そんなわけで、今度はちょっと明るい色の傘が欲しいです。

    劇的回転木馬。

    ※仮想世界の仮想現実、ラスト。
    無駄に長いので注意!



    べん、べしょり。

    つんのめって思いっきり手をついて、ついでに膝を強打。
    …これは、痛い。
    しばらくはその体勢のまま、声も出さずに痛みをこらえていたのだが。

    「…ほん、っと…なんでわたしの周りの人間って地味に人の話を聞かない上に俺様ばっかなのっ…!?」

    せめて類友じゃないと思いたい、というか思う事にする。
    氷雨はひりひり痛む膝をさすって、orzのポーズから起き上がった。
    見渡す限り一面の黒で、自分の居る場所がどのくらいの広さなのかもさっぱり分からない。
    もっとも、さっきまでいた場所だって永遠に思えるくらいに広かったのだから、あまり状況としては変わらないかもしれないが。

    おそるおそる、視界を奪われた人間がやるように、彼女もそっと前方に手を突き出した。
    ふれるものは、ない。
    ゆっくりと、確かめるようにじりじりと右足を前に滑らせていく。

    「…(蓮さんは、ここに蒼さんたちが居る、って言ってたけど)」

    本当に、居るのだろうか。
    こんな、暗い黒い場所に、彼らが。
    こんな、あの人たちに似合わないような、世界に。

    考えてみれば、氷雨は彼らに黒が似合うと思った事がなかった。
    連想するのは、いつだって彼らの名前である「ブルー」。
    喪服の黒も、血の赤も、穏やかに笑う彼らからは想像がつかない。

    ひたりひたりと足を進めて、けれど歩み続けることがなんとなく怖くなる。

    「お嬢、」
    「蒼さん?」

    不意に、伸ばしたままの腕をとられた。
    一瞬肩が揺れたが、聞き覚えのある愛称に氷雨は知らず微笑む。
    自分のことを「お嬢」と呼ぶのは蒼だけだ。

    「良かった」
    「あぁ、探させたか?」
    「そう、ですね…探した、と言えば探したのかな」

    腕を引かれるまま、蒼について歩く。
    たぶんこの先に蒼の弟二人もいるのだろうという、根拠のない思いがあった。
    さっきの、蓮の言葉のせいかもしれない。

    「…ねぇ、蒼さん」
    「どうした」
    「ここ、結局どこなんでしょう?みんな…風姫さんと蓮さんは、仮想世界の仮想現実って言ってましたけど」
    「その通りだよ、ひーちゃん」

    応えたのは、藍の声だ。
    ただし、姿は見えない。
    けれどさほど驚かなくなっているあたりが、自分がこの世界に馴染み始めてしまった証かもしれないと氷雨は苦笑した。

    「こんにちは、藍さん」
    「ようこそ、ひーちゃん」

    笑う声には、あぁ覚えがある。
    安堵した氷雨の手に、唐突に何かが載せられた。

    「…?なんです?これ」

    指先に触れるのは、硬く冷たい何か。
    素材自体はなめらかだが、物体にはなだらかな凹凸がある。
    大きさは、両てのひらに乗るくらいで、軽い。
    爪で弾くと、かつ、と硬質な音がした。

    「…つけて」
    「つける?」

    聞こえたのは青の声。
    つける、というキーワードを手繰り寄せて、氷雨は自分が何を手にしているかを理解する。

    「これ…仮面?」

    おそらくは、風姫がつけていたような。
    氷雨はゆっくりと仮面を持ち上げて、顔にあてた。
    まるで誂えたようにしっくりとはまった仮面は、指で触れていたときと同じく冷たい。

    「…あれ、」

    仮面を付けて、氷雨は眉を寄せた。
    別に明りが在るわけではないのに、自分の腕の先に居る、蒼の姿が見えた気がしたのだ。
    数度瞬きをすると、それはさらに鮮明になる。

    「(…仮面の、せい?)」

    どんな技術だろう。
    首をかしげて、視線をスライドさせた。
    蒼とは逆の、ちょうど対角線にあたるくらいの場所に居るのは青。
    藍は向かい側、少し離れたところに居るようだ。

    「…」

    けれど、ひとつだけ違和感。
    どうしてか三人が着ているのは、真っ黒な喪服。
    この暗い空間で何故一瞬でそう思ったのかは、氷雨にも分からなかったが。
    それでも、三人が纏っているのは死者を弔うための装束だと、すぐに理解した。

    「…どうして、」

    貴方たちには、似合わないのに。
    悲しい気持ちで、氷雨は思った。

    貴方たちに、そんな色は似合わない。
    纏うべきは、もっと鮮やかな、目を奪う世界の始まりの色。
    なのに、どうして――。

    「…俺たちは」
    「殺し屋、だからな」

    見透かしたような言葉。
    それを聞くのが、怖かったのかもしれないと彼女は思う。
    本来であれば重なることのなかった世界。
    その理を捻じ曲げてここに居るのだ、事実を突き付けられるのが、怖かったのだ。

    それを、聞きたくなくて。
    だから、この世界を作り上げたのかもしれない。
    仮想世界の、仮想現実。
    狂ったように巡る、奇妙なこの国を。

    「…、」

    氷雨の腕の中。
    いつのまにか抱えていたのは、みっつの仮面。
    腕を真っ直ぐに伸べて、囁くように言う。

    「…つけて、ください」

    仮面を。
    この世界を、存在させるために。

    笑った声は、すぐ近くで聞こえた。

    「…りょーかい、」

    軽くなる腕。
    おぼろげな視界で、三人がそれをつけたのが見えた。
    誂えたようにはまる仮面は、綺麗に彼らの表情を隠す。

    「!」

    その時だ。
    突然真っ暗だった部屋に、明かりが灯される。
    眩しさに強く目を閉じた。

    「…な、んですか…?」
    『ようこそ、仮想現実へ!』

    届いたのは、華やかな声。
    薄く眼を開けると、自分が居たのは拾いパーティー会場だったことを知った。
    飾り付けられたホール、壁際のテーブルに並んだ豪華なごちそう。
    そしてその場所に居るのは、三兄弟と、さきほど別れた風姫と蓮。
    それから――優だ。

    みんながそれぞれ、仮面をつけて。
    見えない顔で、それでも笑っている。

    「ここ…」
    「行こうよ、ひーちゃんっ」

    藍が駆け寄って、氷雨の腕をとった。
    動く景色、一層明るさを増して、そこはひどく楽しげな色を映す。
    はしゃぐような音楽、この世界に居るのは、氷雨が愛した彼ら。

    ――あぁ、大丈夫。
    だって、世界はここに在る。

    「…なんなんですか、もう」

    言いながら、氷雨は笑った。
    くすくすと零れた笑いは、その場所を満たして。
    あぁどうしてだろう、どうしてこんなにも、幸福だと思ってしまうのかしら?
    自分でそう思うくらいに、氷雨は楽しかったのだ。

    「遅かったね、氷雨」
    「…優さんこそ。どちらに居たんですか?」
    「氷雨のすぐそば、だよ」
    「わたし?」

    その言葉に、安堵の気持ちがこみ上げる。
    そうか、傍に、そばに居たんだ。
    わたしの、近くに、いてくれたんだ。

    仮想世界。
    ここは歪で、不安定で、けれど彼らが望み愛した場所。
    それがきっと、願った答え。

    「…ねぇ、わたし『マルスの君』ですって。可笑しいでしょう?わたし体力には全然、自信なんてないのに」

    笑ってこぼした言葉。
    藍が振り返り肩を揺らす。

    「ひーちゃんに軍神は無謀だよねぇ」
    「でしょう?」

    向こうの方では、蓮と青が何かを言い合っては風姫と蒼にたしなめられている。
    いつの間にか馴染んですらいる光景は、心を撫でて広がっていくようだ。

    きっと、目が覚めたら。
    忘れてしまう、この鮮やかな愛おしい光景を。
    だけど、それでも。
    祈るこの瞬間は、嘘じゃない。

    「…ねぇ、氷雨」
    「はい?」

    優がわらう。

    「俺の役割はね、『人工王子』なんだって」
    「なんていうか…そのままと言うか…」
    「失礼なこと言うなぁ。…でもね」

    近づけた顔、音楽は遠ざかる。
    ぴしり、と微かな音を立てて、見つめた優の仮面に小さなひびが入る。

    「え、」
    「御伽噺なら、王子様が目覚めさせたお姫さまは幸せに暮らすはずだけど。俺は紛い物なんだ、氷雨を現実に返さなきゃいけない」

    仮想現実ではない、ただの現実へ。
    優の仮面のひびが、広がっていく。

    「…それで、人工?」
    「うん、ごめんね」

    すでに音楽は鳴りやんでしまった。
    さざめくように聞こえていた、青たちの声も聞こえない。
    温度が下がった気がして、氷雨は身震いする。

    ぱりん、と優の仮面が割れた。
    彼の頬には、王冠を逆さまにしたような絵が描いてある。
    逆さまの紛い物である、人工王子だからだろうか?

    優の指が伸びて、彼女の仮面を外した。
    合わせた剥き出しの額は、酷く冷たい。

    「おはよう、氷雨」
    「…おはよう、優さん」

    そして。

    「…おやすみなさい(そしてさよなら)仮想現実」

    呟く言葉。
    そこで意識は、闇に沈む。



    「…」
    「あ、おはよひーちゃん」
    「目が覚めたか?」
    「珍しいな、春日が寝るのって」

    ぼんやりした意識、聞き覚えのある声は、三兄弟のもの。
    ゆっくり頭をめぐらせれば、蓮や風姫の姿も見える。
    ついでに、自分に肩を貸してくれていたのは優だ。

    「…おはよう、ございます」
    「疲れてたんだねぇ、気付いたらうとうとしてたから、寝かせといたの」

    風姫がそう言って差し出してくれらミネラルウォーターを、ゆっくりと飲む。
    掠れた喉にそれはひりひりと染み込んでいく。

    「…わたし、寝てましたか」
    「うん、眠り姫みたいだった」

    笑う蓮の顔を、どこかで見たような気がした。
    ゆめを見ていたのかしら、そう考えるけれど、夢の欠片も思い出せないことに気付く。

    『忘れてしまうから』
    『丁寧に――』

    それは、誰の言葉だろう。
    だけど、幸福な夢だった気がするのだ。
    思い出せないのに、不思議なことだと思うけれど。

    「…かそう、げんじつ」
    「何か言った?氷雨」
    「いえ、何も」

    わらう、微笑む、ほどけるように。
    理解したのだ、ようやくすべてを。

    だってここは、いつまでも仮想世界だから。
    重なり合った世界の、筋書きのない物語。

    紡がれる物語が、くるくると廻り続ける世界に愛を告げよう。




    「ドラマチック・メリーゴーランド」をタイトルにしたかったけど長過ぎた件。

    久々の更新…?や、そんな久々ではないんですが。
    ここちょっとの間パソコンに触れもしないという、凜さんにしてはあり得ないことしてました(笑)
    これもね…ほとんど書けてたんですよ…(言い訳)

    仮想現実、は一応これがラストです。
    いろいろ詰め込んだ感満載ですが、個人的には満足!
    楽しかったです、こういうお話を書くのは。

    …書きたいことは多々あれど、パソコンさまがフリーズしそうなので、この辺で。

    妖精の欠片たち。

    ※仮想世界の、仮想現実。
    蓮と氷雨。



    ぺたぺた、ぺたり。
    さらに足を進めていくと、前方に知った後姿を見つけた。
    良かった、今度はいきなり現れたりしなくて。
    微かに安堵しながら、その背中に近づく。

    「蓮さん」

    声をかけると、彼――有沢 蓮はぱっと振り返った。
    けれどその瞳を見て、おや、と思う。
    普段は黒い彼の瞳が、今日は血のような紅色。
    何かあったのだろうか、と思ったが、先ほど出逢った彼の恋人の言葉を思い出して、こういうこともアリなのだろうと思いなおす。

    「こんにちは」
    「こんにちは」

    互いに微笑んで、挨拶を交わす。
    その背後で、床が色を変えていくのにはもう慣れた。
    今度は黒と白のボーダーだ。
    それを横目で見ながら、ゆっくりと言葉を押し出す。

    「さっき、風姫さんに逢いましたよ」
    「風姫…あぁ、『プリンセス』、ね」
    「プリンセス?」

    でてきた不可解な単語に、氷雨は数度瞬きをした。
    時折蓮が風姫のことを「僕のお姫様」などと称すことがあるけれど、プリンセスとはまた斬新だ。
    …というか、蓮が容姿の整った美少年だからいいものの、普通の状況では間違いなくサムイ発言だ、と内心で考える。
    もっとも、氷雨だって命は惜しいので口にはしないが。

    「何か、可笑しなことを考えているんでしょう」
    「え、」
    「冗談だよ、『マルスの君』」

    マルス、えぇと、それは確か軍神の名だ。
    火星の象徴、戦の天才。
    けれど雄々しい武勇伝を持つ彼は、ひ弱で非力な自分とは最も縁遠い神であろうと思われた。

    「…なんですか?それ」
    「だって君の腕に在るそれは、マルスと関連があるだろう?」

    そう言って蓮が示したのは、『Fe』の文字。
    しかし彼女には相変わらず、その文字の意味は分からない。

    「ただ、妖精には嫌われるね?彼らは冷えたそれが嫌いなんだってさ」
    「…あの、蓮さん…一応わたし一般人なんで…電波な会話には付いていけないんですが…」

    一応自分は普通の、一般人なのだ。
    ファンタジーとは縁のない場所で生きている…はず。
    ただ、神様の子供や稀代の暗殺者兄弟を友人にしている辺り、あまり普通とは言い切れないかもしれないけれど。
    でも、彼女自身はただの軍人だ。

    けれど、蓮はくすくすと笑った。
    まるで、氷雨こそが寝ぼけたことを言っているのだとでも、言いたげな表情で。

    「忘れたの?ここは仮想世界の、仮想現実だってこと」
    「…それって、一体どういうことなんでしょうか?仮想現実って…」
    「それは君次第だよ」

    結局解答は得られないらしい。
    せめてここに、青か蒼か…いや、やっぱり青だけで良いから、居てくれたらと思う。
    彼もまっとうに現実的に生きている自覚のある人だから、氷雨と同じような疑問をもって、もしかしたら明確な答えを持っているかもしれない。
    蒼、は…あぁ見えてどこか天然だし、藍はこの状況を面白がりそうだから遠慮願いたい。
    ついでに言えば、恋人である優も藍と同系統なので却下だ。
    …恋人に対して酷い言い草ではあるのだが。

    「三兄弟に逢いたいの?」
    「え?えーと…逢いたい、というか…」

    問われて言葉を濁した。
    どうしてさっきから、考えてる事が筒抜けなのだろう。
    サトラレにでもなったか、と一瞬青ざめるが、もともと蓮はそういう人間だったことを思い出した。

    「…そうですね。折角だし、逢ってみたい気はするかな」

    告げれば、蓮はすっと自分の背後を指差した。
    肩越しに覗くと、さっきまではなかったはずの扉がそこに出現していた。
    …もう、ツッコミは入れないことにする…疲れるから。

    「この中。きっと、彼らもいるよ」
    「そう…ですか。ありがとうございます」

    数歩進んで、蓮と並んだ。
    そこでふと思い出して、氷雨は振り返る。

    「ねぇ、蓮さんは」
    「うん?」
    「なんですか?『プリンセス』とか『マルスの君』とか…そういう類のものだったら」

    この、ふざけたキャッチコピーみたいなもの。
    きっと彼にもあるのだろう、そう思って問うてみた。
    すると、蓮はただ静かに笑って。

    「…これ、だよ」

    そう言って、掌を氷雨に向けた。
    ぶれた視点に一瞬眉をよせて、そこに目を向ける。

    「…トカゲ?」

    そこに在ったのは、トカゲと思しきタトゥー。
    そのまま彼の顔に視線を移すと、蓮はひょいと肩をすくめる。

    「僕は『サラマンダーの子』だよ。…さよなら、マルスの君」

    その言葉の、直後。
    触れてもいない扉が開いて、がくん、と彼女の身体は前のめりになる。
    見つめた向こうは、綺麗な闇。

    「わ、」
    「此処でのことは、きっと忘れてしまうから。できるだけ、丁寧に見つめておくと良い」
    「蓮、さんっ…!?」
    「僕とはここでお別れだ」

    バタン、と扉が閉まった。
    その向こうの景色は、彼女しか知らない。





    仮想現実、のふたつめ。
    うぉおお、やっぱり蓮しか出てこない…!!
    風姫と一緒に出せばよかった。

    たぶん次は兄弟でてきます。
    ばらばらで出そうか、みんな一緒に出てもらおうかはまだ考え中。

    書きたいお話がいっぱいあります。
    このシリーズも、雨三部作もまだひとつしか上げてないし。
    それ以外にも「彼と彼女」「カレとカノジョ」で考えてるちょっとしたシリーズもあったりなかったり(どっち)

    …お話で文章を書いてるのが、やっぱり幸せで楽しいな。
    レポートはしんどいんだぜ…!(そこか)

    瞬き一つで、

    ※仮想世界にて。
    でも氷雨と風姫しか出てこない…申し訳ない。
    仮想現実。



    ゆめ、を見た。

    「…(ここ、は?)」

    カノジョ、氷雨はきょろきょろとあたりを見まわした。
    水玉模様の壁が目に映って、ゆぅるりと首を傾げる。

    覚えのない場所だ。
    来たことは、たぶん一度もない。
    そういえば、自分が今着ているドレスにも見覚えはなかった。

    「(可愛い、けど…)」

    胸元にあしらわれたレース、ふわりと幾重にも重なって踊る裾。
    ぺたりと踏み出した素足に触れるのは、冷たくも温かくもない床だ。
    言うのであれば、体温と同じもの。
    ぺたり、ぺたりとあてもなく数歩足を進める。

    「ん、」

    そこで、ふと自分の腕が目に入った。
    右腕、二の腕のあたりに、『Fe』と書かれている。
    こすってもその文字は消えないから、タトゥーか、ボディペインティングのようなものであるらしい。

    「…えふ、いー?」

    なんだっけ。
    こんな記号を、中学校か、或いは高校で目にした気がする。
    ただあまり理科には強くなくて、こういった記号もすぐに忘れてしまっていた彼女にはこれが何を示すのかが分からない。
    しばらく考えたが結局分からず、諦めて再び氷雨は歩きだした。

    「…(それにしても)」

    此処は、どこかしら。
    気付けばいつの間にか水玉模様の床は終わり、黒字に白い花の描かれた場所に変わっている。
    振り返るがその床と壁は見渡す限り続き、どこにも水玉なんて見えない。

    「おじょーさんっ」
    「?」

    顔を再び、前に向けたその時だ。
    氷雨の目の前、すぐ近くに立っていたのは――仮面をつけた、少女。
    ただその声は氷雨も良く知る彼女、双葉 風姫のそれだ。

    「…風姫、さん?」
    「ふふ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないね」

    返ってきたのは、奇妙な返事。
    意味が分からない、と首をかしげた氷雨の耳に、仮面の下から笑い声が届く。
    見慣れない仮面のせいだろうか?風姫の声なのに、どこか白々しく冷めて聞こえる。

    「ここは仮想世界の、仮想現実」
    「仮想…現実?」
    「夢じゃないわ。だけど、現実でもない。本来であれば、在り得なかった世界なの」

    謳うような声は、何かを呼び起こすようでけれどまどろみの中から聞こえてくるようで。
    強く目を閉じた一瞬、しかし次に目を開いた時に、風姫の姿は消えていた。

    「え、」
    『何をするも、しないも、氷雨ちゃん次第。この世界は、すべて赦してくれるから』
    「ねぇ、風姫さん待って、わたしには、意味がっ…」

    絞り出した声。
    しかし、返事は返ってこない。
    あるのは色を変えた床と、ひそやかな静寂。
    風姫がもうここに居ないことを、確認するには充分だった。

    「…仕方ない、か」

    そっと深呼吸を、ひとつ。
    そうして氷雨は、考えることを放棄した。

    仮想世界の、仮想現実。
    それならば、それを認めてしまおう。

    ぺた、と彼女はまた床を踏む。
    スカートを揺らして。
    足に触れる冷えた布が、心地よいとぼんやり思った。

    「…かそう、げんじつ」

    呟いた声は、どこか甘い。
    やわらかく微笑んで、それから彼女は先ほどよりも強く軽く、床を踏みつけて進む。

    何が待ってる?
    何が欠けている?
    誰も知らない、誰にも見えない。
    けれど、それが――この世界の、すべて。

    在り得なかった世界は、いまこの掌の中に在る。





    椎さんが素敵なイラストを描いてくれて、それにあまりにときめいちゃったよ…!!っていうお話。
    ちょっと歪で、奇妙にねじれた雰囲気がたまらないのです。
    皆さん今すぐ椎さんのイラスト見ると良いですよ…!!(宣伝)(笑)

    とりあえず、一番常識人っぽい氷雨をヒロインにしてみた。
    だって他のやつらが主人公だと、そもそも疑問に思わない気がしたから。
    そんなわけで氷雨です、ごめんよ色んな意味で!

    たぶん、続きます。

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    動物に例えたらアルマジロ。
    答えは自分の中にしかないと思い込んでる夢見がちリアリストです。
    前向きにネガティブで基本的に自虐趣味。

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