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書きたいものを、書きたいときに、書きたいだけ。お立ち寄りの際は御足下にご注意くださいませ。 はじめましての方は『はじめに』をご一読ください。
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    スクリーンに咲いた花。

    ※仮想世界。
    「雨」三部作、第一弾。



    しくじった、と思った。
    今日はうっかり朝寝坊して、天気予報を調べる間もなく慌てて家を飛び出して。
    それが見事に完敗だ。
    藍は雨をしのぐために飛び込んだ軒先で、ため息交じりに空を仰いだ。

    暗い曇天から、惜しげもなく注ぐ大粒の雨。
    身一つならば走って家に帰っても構わないのだけど、今日は鞄に大事な仕事道具のノートパソコンが入っているのだ。
    一応ケースには入れてあるけれど、できれば不安なことはしたくなくて。
    ついでに言えば、眼鏡が濡れるからやっぱりそれも嫌だ。

    「ちぇー…」

    兄に電話で頼むか。
    それも考えたけれど、なんとなく気が進まなかった。
    結局なにか行動を起こすでもなく、ただぼんやりと空を見上げて。

    自分らしくない、と苦笑をこぼした。

    「あれー、藍くん?」
    「ほんとだ。一人?」

    つきかけた溜息を飲み込んだ。
    理由はひとつ、見知った姿が雨のスクリーンの向こうから、近づいてきたから。

    咲いた、紺とピンクの傘の花。
    白いワイシャツと、セーラー服がゆらゆら霞む。

    「蓮君…に、姫?」
    「久しぶり」

    花の下、笑ったのは神様の子供である彼ら。
    蓮と、風姫だ。
    彼らは濡れた靴音を立てて、藍のすぐそばまで近づいてくる。
    そうして状況を察したらしく、にやりと笑った。

    「何、降られたの?」
    「ドジだなー、藍くんは」
    「…おれにそんなこと言っちゃう命知らずは、君たちくらいだよ?」

    皮肉げに藍は返してみせるが、別に居心地が悪いわけじゃない。
    その証拠に、すぐに力を抜いて笑う。

    「そうだよー、今日珍しく寝坊しちゃってさ」
    「あれ、藍くんって朝弱かったっけ?」
    「姫君と一緒にしないでくださーい。今日はたまたま、だよ」
    「…なんかその言い方引っかかるんですけど?」

    むくれたように風姫が睨むのを、蓮と藍で笑って宥めて。
    そういえばあの娘はちゃんと傘を持っていたのかな、と頭の隅で考えた。

    ぼんやりと下の方でたゆたう思考。
    それを打ち消すように、視界に華やかなピンクが近づいた。

    「じゃー、仕方ない!朝寝坊した藍くんに、これを貸してあげましょう」
    「…ひめぎみ?」

    差し出されたのは、風姫の傘。
    縁に蝶々の舞うそれは、彼らが近づくことなど考えたこともないような平和じみた色だと思う。
    囲むように描かれたリボンが、微かにひらめいた気がした。

    「…あのね、風姫。いくらなんでも、それは可哀想だと思うよ?」
    「はぇ?」
    「ピンクだし。蝶々だし。ついでにリボンだし」

    割合おとなしく会話を聞いていた蓮が、苦笑交じりにそう言った。
    風姫の手から傘を受け取り、代わりに自分の持っている紺色の傘を藍に差し出す。
    お坊ちゃんが持つにしては、無骨な印象の傘だ。

    「こっちの方がマシでしょ」
    「あはは。ありがと、蓮君」

    有難くそれを受け取った。
    風姫の傘に二人が収まったのを確認して、藍は笑う。

    「ありがと」
    「いいえー、どういたしましてっ」
    「まぁ、濡れたところで藍は風邪ひかないと思うけどね。パソコン濡らしたらいけないし」
    「…蓮くーん?何その含み?おれが馬鹿だとか、そういうこと?」
    「うん?そこまで言ってないよ」

    軽口をたたき合う。
    それでもすぐに笑って、軒先から一歩足を踏み出した。
    すると、今までどこか遠くで聞こえていた雨音が近くなっったのが分かる。

    「(…まぁ、たまには)」

    良いかもしれない、こんな雨の日があっても。
    くるりと傘を回して、藍は振り返った。

    「よし、じゃあ傘のお礼にコーヒーくらいはおごってあげよう!」
    「気にしなくていいのに」
    「借りは作らない主義なのー」

    そして、気まぐれみたいに。
    寄り道して、お喋りをして。
    青春みたいな好意に浸るのだって、きっと楽しいだろう。

    やまない雨の中。
    傘がふたつ、足音はみっつ。

    くるり、くるりと傘が回った。




    雨降りをテーマになんか書いてみようイン仮想世界!なお話。
    でも梅雨にはまだ早い(笑)
    まぁ五月雨だしいっか!みたいな強硬突破で行きます。

    わたし個人としては雨は嫌いです。
    髪が…髪がうねる…!!
    天パが3割増な感じです、当社比で。

    明日は晴れろ!と念を送っておきます(笑)
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    いつかの世界と白い花。

    ※仮想世界にて。
    微かな憧憬。



    「…」

    手元の雑誌には、大きな活字でGW特集と称して様々なテーマパークの説明が載っている。
    さして興味もないまま、青は退屈そうにあくびを漏らす。

    別に、もう遊園地ではしゃぐような年齢でもないし。
    そもそも行ったことがないから、どんなものかもよく分からないし。
    だから気になったりなどしないのだ、それはもう、絶対に。

    ぱら、ぱらとカラフルな写真ばかりが目に飛び込む。
    眩しすぎて目が痛い、そんな風にひねくれたことばかり考えた。

    「せーい君っ」

    雑誌をもう閉じようか、そう思ったところで、不意に後ろから明るい声が飛び込んだ。
    せいくん、なんて耳慣れない呼び名で自分を呼ぶのはただ一人で、そちらに目線を向けながら同時に彼女の名前をつぶやく。

    「…なんだよ、」

    風の愛し子、稀代の殺し屋の彼らを以てしても俄かには彼女の気配に気付けない。
    その事をなんとなく不服に思いながら、いつもと同じ決して素直ではない声を出した。

    「おはよ、」
    「…もう昼だろ」
    「最初に会ったらおはようで良いんだよー」

    それでも気にとめた様子もなく。
    彼女はにこり、と笑ってみせる。

    「何見てるの?」
    「や…別に、」
    「あ、ここの遊園地知ってる」

    軽やかなテンポで彼女は話を進めていく。
    彼女の恋人もそうだけど、こいつもこいつで人の話を聞かない、と青は思う。
    わざとなのか、無意識なのか。
    たぶん後者だから、なおさらタチが悪いのだ。

    「いいなー、ここアトラクションがすっごい可愛いんだよ。遊園地自体がね、アリスをモチーフにしてて。園内にウサギが隠れてて、それ全部見つけるとなんかプレゼント貰えるんだって」
    「…へー」
    「良いよね、行ってみたいよね」

    笑顔で振り返られて、思わず青は目を逸らした。

    …別に、行きたいわけじゃ。
    だって、こんなところではしゃぐなんて子供みたいだし、みっともないし。
    それに、遊園地なんて平和で幸福な場所、自分には絶対似合わないし向いてない。
    だから、そうだ。
    行きたくなんて。

    「…別に」

    顔ごと背けて、俯いた。
    そんな青を見て、風姫は小首を傾げる。
    しゃん、と黒い髪が清潔そうな音を立てるのを、彼は片隅で聴いていた。

    「…興味、ないし」
    「…そっか、」

    繰り返した青。
    彼女はふっと俯く。
    項垂れた白い首、それと一緒に本当は少し行きたかった自分の気持ちまで折れてしまったような心地がして、青はひどく居心地が悪くなる。

    そんな顔を、させたかったわけじゃなくて。
    こんな気持ちに、なりたかったわけじゃなくて。

    言えるものなら、とっくに口にしているさ。
    いちいち躊躇う、己が恨めしい。

    「…(ほんとう、は)」

    一度でいいから、こんな風に平和で明るい場所に、行ってみたかった。

    「…うん、分かった」

    彼女は呟いた。
    それは弱々しくない、きっぱりとした声。

    「おい、」
    「青くんが興味ないなら、それで良い。でも、」

    そこで、顔を上げて。
    わらう、とても楽しそうに。

    「でも、あたしが行きたいの。…だから、付き合ってくれるよね?」
    「え、」

    間抜けな声をこぼした青の手から、彼女は雑誌を奪った。
    それを持ったまま、彼女は恋人の背中に駆けていく。
    タックルに近い勢いで背中に飛びついて、弾んだ声で言うのが聞こえた。

    「ねぇねぇ、あたしゴールデンウィークここ行きたいっ」
    「遊園地?…あぁ、こういうの好きそうだねぇ」
    「すきー。ね、良いでしょう?みんなで行こうよ」
    「はいはい、お姫様の仰せのままに」

    了承を取り付けて、彼女は青に向かって笑顔で手を振った。
    はたから見たら我儘なカノジョのようで、だけど普段はさしておねだりの類をしないことも分かっていた。

    「…うわ、」

    当り前のように手を伸べられたことに、気付く。
    考えたらたまらなくなって、つい掌で顔を覆った。

    「(…やられた)」

    ――ゴールデンウィークは、目前。





    とりあえず前振り(笑)
    やっとなんか明るいのかけた気がする…自分はつくづくシリアス書きなのだなと実感する今日この頃。

    こういう優しさが好きです。
    そしてそれって、本人がきっと優しいからだよねって。
    優しい人の周りには、優しい人が集うのだと思いたいのです。

    別れの言葉を花束に。

    ※仮想世界にて、藍と風姫。
    大半が藍のモノローグ。
    前半暗いので注意。



    この手で守れるものって、いったい何なんだろう。

    小さな、とても小さな鳥を見つけた。
    それは怪我をしていて、うまく飛べないみたいだった。

    「……」

    それを、その鳥を。
    怪我が治るまで飼ってやろうと、そう思った。

    鳥を飼うには、カゴが居る。
    鳥籠を買ってこよう、居心地のよさそうな、綺麗なやつを。
    考えてからの、行動はとても速かった。

    お腹が空かないようにたくさんの餌と、水の入ったお皿を大きめの箱に入れた。
    その中に傷ついた鳥をいれて、寒くないようにとタオルも入れて。
    割りばしで上に覆いをかけた。

    「行ってらっしゃい」

    意気揚々と出かけていくおれの背中に、兄ら二人はただただ視線を向けていた。
    穏やかな声を受けながら、自転車を走らせてホームセンターに向かう。

    「(どういうのが良いのかな)」

    鳥は小さかったから、カゴもあまり大きすぎないものの方が良いのだろうか。
    それともあちこち飛び回れるように、大きめの方が良いのかもしれない。

    動物を保護するなんて初めてのことで、考えるのがすごく楽しかった。

    結局、買ったのは少し大きめのもの。
    止まり木が上下二段についていて、水飲みもセットになった奴。
    きっとこの中なら、あの小鳥も快適に過ごせるだろう。
    そう、思った。

    「おかえり」

    帰って来たおれを迎えたのは、変わらず静かな兄の声。
    そして、あの小さな鳥は、息をしていなかった。

    「…もともと、長くはなかったんだ」

    蒼兄さんは、囁くみたいにそう言った。
    冷たい小鳥、あぁ、可哀想な事をしたなとぼんやり思った。

    「無駄じゃなかったよ、お前がしたことは」

    青にーさんは、掠れた声でそう言った。
    飛ぶことのなかった小鳥、なんてあっけないんだろうと感じた。

    奪うばかりで、いつだって。
    おれは、おれたちは、きっと神様に見放されてる。
    それくらい最初から分かっていたことで、だからこそ守れる命なら守ってやりたかったんだ。

    「…これ、どうにかしてくる」

    一度だって小鳥が入ることのなかった鳥籠。
    抱えて踵を返したおれを、兄らは静かに見守っていた。

    +++

    「藍くん?」

    鳥籠を抱えたまま歩いていたおれの前。
    見知った彼女が通りかかった。
    ポニーテールに纏められた髪が揺れて、セーラー服のスカートが翻って。
    それを見ながら、機械的に頭を下げる。

    「どうしたの?珍しいね、こっちの方までくるなんて」

    よく変わる表情。
    笑って、拗ねて、驚いてはまた笑って。
    時折怒って、そして丁寧に泣く。

    おれと違って、呼吸の宿った感情を持った人。

    「…藍、くん?どうしたの、元気がないね」

    ほら、今も。
    姫はそう言って、気遣うような表情を見せる。
    それからおれの腕の中で沈黙する、空っぽの鳥かごを見つめた。

    「…それを、捨てに行くの?」

    恐ろしいくらいに察しが良い。
    そう思って、笑った。
    だけど上手く笑えていたかは、彼女の少し険しくなった表情を見るにどうやら失敗していたらしい。
    こと、とこちらに歩み寄ってくる姫のローファーが音を立てた。

    「そう、もう使わないから」

    ふれた金属は、冷たくて。
    あの小鳥はもしかしたら、こんなに冷たい籠に入ることがなくて幸せだったのかな、と無理やりのように考えた。
    あぁだけど、おれはこの中で囀る小鳥が見たかったのかもしれない。

    別に、それほど執着していたわけじゃないんだ。
    だって、見つけてからまだほんの少ししか経っていなくて。
    変わらないだろう?何もかも、元通りだ。
    何も持っていない両腕が、残っただけの話。

    なのにどうしてかな、ひどく空洞めいた感情だけがあるのは。

    「…ねぇ、藍くん」

    人形めいた指が、鳥籠を撫でる。
    顔をあげると、けれど彼女はおれを見てはいなかった。

    まるで、この中に。
    飛び回る小鳥が居るみたいに、姫は目を細めて。

    「泣かないと、忘れちゃうのよ」

    謳うように、そう言った。

    「反復しないと、感情って忘れちゃうの。学習なのよ?感情を表現することって」

    淡々とした声。
    誰かに似ている気がして、眉を寄せた。
    だけど残像を結ぶことなく、声だけが流れていく。

    「悲しい時は泣かなくちゃ。でないと、大切な時に泣けなくなってしまうよ?」
    「…別に、悲しくはないよ。もともと、なかったものだから」

    この手でなにかを包めると思ったことが、そもそもの間違いだったんだから。
    返す俺に、姫は悲しそうに哀しそうに微笑んだ。

    「だめだよ、忘れちゃ。感情をひとつ忘れると、みんな忘れてしまうから」

    そう言って、彼女は。
    おれの腕から、抱きとめるようにして鳥籠を奪う。
    あ、と思った時には、姫は背中を向けていた。

    「――姫、」

    現実感のないその人は、振り返らずに視界から消えた。
    変わらずからっぽの腕の中、あぁだけどそうだ、確かにここにはいたのだと理解する。

    ――嗚呼、嗚呼。

    「…っ」

    視界がぶれた。
    目の奥が熱くて、喉が焼けそうで。
    痛い、いたいイタイ。
    ああ、どうしてこんなにも心臓が痛いんだろうな。

    頬を濡らして、袖口を濡らして。
    告げることすら躊躇ったささやかな「さよなら」を、おれは初めてその小鳥に捧げた。

    (カゴには惜別の花束を飾りましょう)




    ランを泣かせてみたくて書いてみた。
    不器用でなかなか泣けない住人達が愛おしいのです。

    しんみりなネタで申し訳ない…次はちゃんと明るいのを書きたい(希望)
    がしがし書くぞー!

    ロンドン橋はどうなった?

    ※仮想世界にて。
    女装ネタとか好き勝手やっています、苦手な方はどうぞご注意を。




    「…なんか…ごめん、ひーちゃん…」
    「いえ…わたしの方こそ申し訳ない…」

    後悔先に立たず。
    藍と氷雨はその格言を身を以て理解したのだった。



    原因、というかその理由。
    みんなで有沢邸でお昼を御馳走になった。
    さすがにどれも料理はおいしくて、とても満足だったのだが。

    「「…」」

    藍と、氷雨。
    二人の皿には、嫌いなものがそれはもう丁寧に残されていた。
    互いの皿を横目で見て、咎めるように言う。

    「…食べなよ」
    「藍さんこそ」

    藍の目の前には、手つかずのピーチ・メルバ。
    隣の氷雨の皿の上には、付け合わせのグラッセ。
    食べられなければ言って下げてもらえばいいのだが、なんとなく言葉の応酬が続く。

    「…ひーちゃんはホントに偏食家だよね」
    「煩いですよ。藍さんこそ、甘いものが食べられないとバレンタインとか困りません?」
    「良いんだよ、おれは。貰っても食べないし。ひーちゃんこそ、まずいんじゃないの?社会人なんだし、一応」
    「一応ってなんですか?童顔とでもおっしゃりたいんですか」
    「そこまで言ってないよ。…それとも、自覚があった?」

    にこりと。
    互いに視線を交わして、にこやかに微笑み合う。
    ただし、その目は少しも笑っていない。

    「…召し上ったらどうです?せっかくのピーチ・メルバ、溶けてしまいますよ」
    「ひーちゃんもね。その芸術的な残し方、ある意味で称賛するけれど」

    にこにこ、にっこり。
    綺麗な顔を笑みで彩って、そのくせ声音は氷点下。
    よくもまぁそんなに器用な事が出来るものだと、斜向かいの青は不思議に思わずにはいられない。
    口を挟んだ途端に攻撃されるのは目に見えているので、もちろん突っ込んだりはしないけれど。

    「…別に、食べようと思えばば食べられますよ。そんな、子供じゃないんですから」
    「おれだって、食べられるよ。好んで食べないってだけで、嫌いとかじゃないし」

    どういうわけか、この二人は互いが絡むとどこか子供っぽくなるようだ。
    普段酷く大人びた横顔で世界を眺めている彼らにとって、それはもしかしたら良いことなのかもしれない。
    氷雨はフォークでグラッセを転がし、藍はピーチ・メルバを揺らす。

    「…本当ですよ?」
    「俺だって本当だよ」
    「じゃあ食べたら如何ですか」
    「ひーちゃんだって、食べたら?」

    もう一度、視線を交わして。
    澄ました顔を繕って、氷雨はグラッセにフォークを刺した。
    あとは口に入れるだけ、けれど一瞬躊躇うように間をおいた彼女を見て、藍が微笑む。

    「…ひーちゃん、食べないの?」
    「えぇ、良いですよ食べますよ、藍さんこそ、早くお食べなさいな」
    「分かってるよ、食べられなかったら罰ゲームでもなんでも持ってきなよ」

    売り言葉に買い言葉。
    周りの面々が面白そうに見守っているのにも気づかず、二人はさらに言い合いを過熱させていく。

    「あぁじゃあこうします?わたしがこれ食べ切れたら、馬鹿にしたお詫びってことで藍さん女装してくださいよ」
    「いーよ分かったよ、じゃあおれがこれ完食したらひーちゃん猫耳メイド着てよ!?」
    「なんでメイドなんですか!だったらふりふりロリータ服着せて差し上げます!」
    「ならひーちゃんはその恰好でゆーくんに『にゃーん』って言うんだよ!?もちろんポーズ付きでねっ」
    「分かりましたよやってあげようじゃありませんか!女に二言はありませんから!」
    「それはこっちの台詞だよ!」

    負けず嫌いの意地っ張り。
    普段は勝負事になんて興味がないくせに、どうしてこんなところで白熱してしまうのか。
    苦笑する兄弟や友人たちの前、二人はそう叫んでそれは勝気な笑みを浮かべた。
    そして次の瞬間、意を決したように二人同時に手をつける。

    無理やり流し込むようなはしたない真似は、絶対にしない。
    あくまでも優雅に、丁寧に。
    それこそきちんと味わって、グラッセとピーチ・メルバを胃に落としていく。

    「「…ごちそう、さまでした」」

    食器を置いたのはほぼ同時。
    ナプキンで口元を押さえ、軽く頭を下げた。
    勝利を確信したのはほんの一瞬、二人はすぐに先ほどの会話を反芻して、あれ?と首をかしげた。

    頭の中で巻き戻して。
    何かが可笑しいことに気付く。

    「「…ん?」」

    ちょっと待て。
    罰ゲームの条件は、何だった?

    「…わたしが食べ切れたら、藍さんが女装で?」
    「おれが食べきったら、ひーちゃんが猫耳メイド?」
    「「…あ、れ?」」

    食べきれなかったら罰ゲーム、ではなくて。
    食べ切れたら、罰ゲーム。
    これって結局――お互いが食べきってしまえば、どっちにも、利点はない。

    「「…しまった」」

    考えなしに突っ走って、可笑しなことを口走った。
    即座に代替案を出そうと口を開きかけるが、それより先ににこやかに手を上げたのは風姫だ。
    …その手には、たいそう可愛らしいヘッドドレスを持って。

    「はい、藍くん!」

    ふりふり、ひらひら。
    差し出されたのは、可憐なレースが叩きつけられた、オフホワイトのヘッドドレス。

    「…あぁ…うん…」
    「男に二言はない、そうよね?」

    確かに、可愛い。
    ただしそれを、自分が付けるのでなければと藍は遠い目をした。

    「…姫君、いったいそれどこから出したの…」
    「あ、ねぇねぇスカート小花柄とチェックとどっちが良い?」
    「えー、藍にはチェックの方が良いんじゃないの」
    「お願いだから蓮君ナチュラルにアドバイスとかしないでよ…」

    氷雨と自分だけだったら、すぐにもっと楽な代替案を出せたのに。
    風姫の笑顔には逆らえず、力ない手で藍はヘッドドレスを受け取った。
    人生は諦めが肝心だ、もう絶対に逃げられやしないことを悟った目をして。
    ゆるゆると傍らに目をやると、同じく絶望したような表情で氷雨がメイド服を受け取っている。

    「ねぇ蒼さんこれどっから…」
    「気にするなお嬢」
    「大丈夫だろ、春日なら似合うって」
    「ちっともフォローになってない慰めをありがとう、青さん」

    別にメイド服に偏見があるわけではないのだ。
    あの清楚でクラシカルな装いは、見ている分には確かに可愛いと思う。
    ただ、それはあくまでも見ている限りで在って、一応常識的な判断基準を持っていると思いたい氷雨としては猫耳メイドはちょっと恥ずかしすぎる。

    ヒートアップするとたまに暴走してしまうから、注意が必要だって思ってたのに。
    可笑しな方向に捻じ曲げた条件を出してしまった自分を、心から恨んだ。

    「…さて、とっ」

    風姫がにこりと微笑む。
    花のような、可愛らしい表情。
    けれどそれを見て、氷雨と藍の背筋は思い切り冷えた。

    「…手加減なんて、してあげると思ったら大間違いよ?」

    その言葉に深くふかく項垂れる二人が居たとかいなかったとか。

    (口は災いの角、言うでしょう?)




    第二回仮想現実ミーティングにて椎さんと話してたネタです。
    後半戦は気が向いたら書きます(笑)
    つまりは女装&メイドコスしてる最中のお話。

    ぜったい可愛いと思います、藍も氷雨も。
    きっと椎さんがイラスト描いてくれるから、みなさん要チェックですよっ☆

    くだらないネタにお付き合いいただきありがとうございました!(笑)

    オルゴールの人形劇。

    ※仮想世界。
    だけど出てくるのは優と氷雨だけです…すみません。
    二人が付き合いだすときのお話。




    「…かすが ひさめちゃん、だよね?」

    彼がその顔ににっこり笑みを浮かべると、対峙した彼女からは薄く淡く、当惑したような表情が向けられた。
    それから彼女はすぐに笑顔を作って、丁寧に顎を引く。

    綺麗な、表情。
    自分の魅力をきちんと知っていて、けれど最後にそれを突き放したような。
    己とよく似たにおいを嗅ぎ取って、彼は穏やかに微笑む。

    「えぇ、そうです。…えーと、五十嵐先輩、ですよね?」
    「覚えててくれて光栄だな」
    「格好良くて物腰の柔らかい、素敵な先輩がいるって聞いていましたから」

    今年は新入隊員の当たり年。
    誰かが囁くその噂は、すぐに彼、五十嵐 優の耳にも入った。

    どこそこに配属された子は可愛い。
    いやいやこちらは美人だ。
    そういった会話を、どこか冷めた面差しで受け流す。
    優はさほど可憐な美少女といった存在には興味を動かされなかったけれど、そんな中でたった一人、彼女だけは意外なほどに目を引いた。

    『かすが ひさめです。よろしくお願いします』

    春日 氷雨。
    甘い春の日に降る、冷やかな氷の雨。

    冗談のような名前を持った、新入隊員の一人。
    別にモデルのような華やかな顔をしているというわけでも、とびきりスタイルが良いわけでもない。
    どちらかと言えば子供っぽい顔立ちで、目の上で切り揃えられた前髪がそれをさらに印象付けていた。

    ただ、彼女はその幼い風貌――聞けば、高校卒業と同時に入隊したから二十歳にもなっていないのだ――とは不釣り合いなくらいに大人びていた。
    否、大人であろうとしていた。
    子供が背伸びして大人のように振る舞っている風ではなく、彼女は完全に「大人」をやっていたのだ。

    人好きのする態度を心得ていて、適度な間合いで絶妙な微笑を見せ。
    それでいて何もかもどうでも良さそうに突き放している。
    穏やかで甘い、完璧な笑顔の仮面は誰かが近づくことを徹底的に拒否する。
    そんな春日 氷雨に、優はものすごく興味を持った。
    だからこうして、滅多に近づけることのない己の世界を彼女に寄り添わせたのだ。

    悪戯っぽく見上げる氷雨の瞳に、大げさな苦笑を映してみせる。

    「おやおや、ずいぶんと買い被られたね俺も」
    「あら、ご謙遜を」
    「君こそ、頭が良くて可愛らしいコだって評判だよ?」
    「それは嬉しいお言葉ですね」

    よどみなく交わされる、テンポの良い言葉たち。
    おどけたような表情、けれど奥の見えない瞳。
    それはきっと、優も同じだ。

    「…ところで、氷雨ちゃん」

    優はすい、と顔を寄せる。
    女受けの良い、綺麗な顔を。
    ここで恥じらって頬でも染めたら可愛げもあるのだが、彼女は少しも動じない。
    チークをほとんどのせていない白い頬は、変わらずその色を保っている。

    「なんでしょう?」
    「君は、他人に興味がない。そうだろう?」

    唐突に浴びせかけられた質問に、今度は少し驚いたようだった。
    唇がわずかに動いて、けれど言葉を発することなくもとの形に戻る。

    「…唐突ですね」
    「そうかな。だけど事実だと思うよ」

    春日 氷雨は、世界に期待していない。
    それは、五十嵐 優にとっては紛れもなく真実だった。

    世界に期待も執着もしていない彼女。
    だからこそ誘いをあっさりと断れるし、適切な表情を瞬く間に作り上げることが可能なのだ。
    恐ろしく器用で、そのくせちっとも上手い手段ではないそれ。
    生身の自分で接することを諦めた、どうしようもない防衛本能。

    傷付くのが怖いからか。
    己の意識を預けることが不安だからか。
    それはまだ、誰にも分からないけれど。

    「ねぇ、だから」

    少しだけ青ざめたように見える氷雨の貌を見ながら、優は微笑む。
    別に君を怖がらせたいわけでも、傷つけたいわけでもないんだ。
    ただ、ただほんの少しだけ、その興味の欠片を俺にくれたら良い。
    そしたら、俺も興味の欠片を君に捧げるから。

    「――俺と、付き合ってくれませんか?」

    場違いですらあるような、声。
    最初と同じ、にこやかな笑顔で優は小首を傾げる。
    驚いた、というよりは呆れたような顔で、氷雨はゆっくりと顔を上げた。

    「…ほんとうに、唐突」

    ふっと短く息を吐いた。
    鉄壁の笑顔の仮面、だれしもに愛想を振りまきながら、そのくせ誰も認めず寄せ付けない壁。
    その下から、はじめて生身の彼女が顔をのぞかせたような、そんな顔で。

    「嫌?俺、けっこうお買い得だと思うんだけど」

    自分で言うのもなんだけど、頭も良いしルックスだってなかなかのモノだよ。
    女の子に優しく出来ないような男でもない。
    そう語る優の頬のあたりを眺めて、氷雨はすこし肩をすくめた。
    それを見て、さらに続ける。

    「俺は君に興味があるし、恋愛の対象として見ているよ。君はどう?俺に興味、あるでしょう?」
    「…そう、ですね。興味がないと言えば、嘘になりますけど」
    「じゃあ良いじゃない。大丈夫だよ、ちゃんと恋愛感情だって持たせてあげる」

    微笑めば、彼女も笑って。
    交渉成立、冗談めいた口ぶりで手を差し出す。
    その手と握手を交わして、それから優は彼女の手の甲に恭しくキスをしてみせた。

    「よろしく、氷雨」
    「えぇ、こちらこそ優さん」

    取り澄ました顔でそう言った彼女が、三ヶ月後にはぎこちなく顔を背けるようになったところを見ると、どうやら彼の宣言は果たされたらしい。




    藍くんに「なんでひーちゃんとゆーくんって付き合ってるの?」と聞かれたので書いてみた。

    うちの優と氷雨があんまり素直になれない理由的な。
    こんな風にお付き合いがスタートしてしまったので、なんとなくプライドが邪魔するのです。

    優が余裕ぶっこいてますが、先に惚れたのは彼の方。
    氷雨はまんまと彼の策略におちました。
    最後のは意識しちゃうと急に恥ずかしくなるよね、みたいな!

    …それにしても優が性格悪いな!(そう書いたのはだれだ)


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    動物に例えたらアルマジロ。
    答えは自分の中にしかないと思い込んでる夢見がちリアリストです。
    前向きにネガティブで基本的に自虐趣味。

    HPは常に赤ラインかもしれない今日この頃。
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